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その黒き書に触れるな -1-

「たかが本だろ?こんな厳重に保管する意味あんのか?」

 場所は地下図書室と思しき暗い正方形の一室。如何にもテロリストです、とでも言いたげな風体の男は先ほどのセリフと共に書棚に閑散と並べられた書物の内、一冊の本へと手を伸ばした。

 その本はまるで空間を切り取ったかの様に見せるほど黒く、光を返していない。その色合いはブラックホールかなにかを想起させるほどに虚無的だった。極黒の書にテロリストの指先が触れたと同時にそれは起こった。

 耳障りなノイズ音と共に小学生が誤字を誤魔化すかのような黒いナニカがいなご禍めいて書から噴き出したのだ。反射的にテロリストは指先を引く物の、何もかもが遅かった。瞬く間に得体のしれない羽虫の様な黒い靄がテロリストの身体をからめとり、書へと引きずり込んでいく。

「……!……!?!!!」

 くぐもった悲鳴とも言えぬ音だけが空気を震わせるがそれすらもノイズ音にかき消される。ノイズにヤスリ掛けされるがごとくテロリストは削り取られて咀嚼されていき、ほんのわずかの内に血の一滴すら残さず部屋から消失した。

 俺が見せられた動画はそこで終わった。動画を映し出していたテーブルから顔を上げると、動画を見せたヌシである豊かな黒髪を三つ編みにまとめて丸メガネをかけた、中性的な容貌の白衣の人物と目が合う。

「コイツはキツいな、ホラームービーの未公開映像?」
「いいえ、これが今の日本国立図書館第七分館の地下書庫で起きている現実」

 淡々と述べる白衣の人物、M・T。対照的に色んな感情がないまぜになった表情で硬直している黒ずくめの胡乱な男が、俺ことR・V。俺達が居る場所は超大型巨大自由売買商業施設”Note”の一角にあるバー、「メキシコ」だ。いつも通りここでクダを巻いていた俺を呼びつけてM・Tが視聴させたのが冒頭のワンシーンだった。

 現実、その言葉が俺に重くのしかかる。トンデモトラブルはいつもの事だが、今回はちょいとしんどそうだ。他のテーブルでCORONAを傾けているこのバーでも一際胡乱な風体の男、赤い天狗面にアロハシャツのA・Tに視線を向ける。首を横に振るA・T。

「その件な、別ルートから俺んとこに来たがスケジュール埋まってたから他の頼りになるヤツ行かせるって言ったわ」

 俺が自分を指さすと向こうもこっちを指さしてきた。残念ながら今はバー・メキシコには俺の他にはM・TとA・Tしかいない。何という事だ。せめて6・DやM・J、B・Rといった他のパルプスリンガーがいてくれればよかったのだが。

「どうせ暇なんだろ?独り身なんだし」
「その暇を満喫するのに忙しいんだ」
「ガハハハハハッ!そいつはウラヤマシイな!」

 妻帯者の余裕で豪快に笑うA・T。ぐぬぬ。ブッダの絶妙な横やりとか水差しが無ければ俺とてワイフの一人や二人や三人……いや、二人以上は色々と日本では不味いが。そんな胡乱男二人のやり取りを冷めた視線で見つめるM・T。マゾならご褒美なんだろうが、俺には残念ながらそういう趣味はない。

「あの無銘の黒い書以外にもあの書庫には世の中に流出させられない書物が集められている、言うなれば禁書蔵。中から一冊流出しただけでも世界の有様が変わる」
「その原子炉みたいな書庫がある図書館が、出自不明の武装勢力に占拠されてるってか」
「そう、その通り。そしてその秘匿性から政府は表だって大規模な戦力を動かせない。表向きはただの図書館だから」

 これは参った。何故ここまでM・Tが事態を把握しているかはさておき、これはカナリの難物だが話を聞いてしまった以上スルーは出来ない。M・Tとてパルプスリンガーとして相当の手練れではあるが、一人よりは二人の方が良いに決まっているし、だからこそ彼も俺に話を持ってきたのだ。

「わかった、引き受けよう」
「助かる」

 珍しく微笑するM・Tに俺も腹をくくる。どっちにしても禁書を流出させてしまえば日本でのうろんな日々など吹き飛ぶのは目に見えている。ブッダは俺にこの手の難行を持ってくることに余念がないのだ。

「よっしゃよっしゃ!それじゃあ俺はワイフと温泉行ってくるからよろしく頼むぜ、お二人さん!」

 相変わらず豪快に笑うA・T。彼はおおむねいつもこんな感じだが、果たして信頼されているのかどうなのか、だ。

【その黒き書に触れるな -1-終わり:2へと続く

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