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聖夜よ、灰塵となれ #パルプアドベントカレンダー2024

「と、いうわけで仕事の時間だ。詩織君」
「その続きは、『お前に意味を与えてやる』なんです?」

 詩織の返しを聞いた男は、目頭を押さえた。

「他人に意味をもらわなければならないほど、君の存在は空虚でもないだろう。一体誰に教わったんだか」
「近しい人の愛好作くらい、聞き出さなくてもなんとはなしに知っていますって。違いますか、館長さん」

 場所は洋風の談話室。壁には整然と書が詰め込まれた一室にあって詩織と呼ばれた少女は一人、男性と向き合って卓についていた。仕事、とはいうものの、詩織はれっきとした未成年であるため、実際のところはボランティアでもある。

「よろしい。別の機会に雑談の時間でももうけることとして、今は急を要する」

 詩織の仕事は、いつも緊急事態である。目の前の『館長』とて、何もない余暇であれば無駄話の方が多いようなタイプ……であるらしい。
もっとも、詩織自身はそれを目の当たりにしたことは、まだ、ない。同僚たる司書の話すところによれば、だ。それが少々距離を置かれているようでちょっとしゃくにさわる。

「わたしのお仕事はいつもそうだと感じますけれど……今回は何が焼失したんでしょう」
「サンタクロースだ。それもよりによってこの時期にな」

 二人の会話の合間を縫って、メイドが音もなくカップを目の前に置く。
詩織の分はココア、館長の方はロイヤルミルクティー。ふんわりと卓上に入り混じる香りで把握できるが、その茶葉がなんであるかまでは詩織にはわからない。
少なくとも、エスプレッソラテ、ではないのでまだ幾分かの猶予はあるようだ。

「サンタクロース、ですか?」
「ああ。それに付随するクリスマスの概念もな。サンタクロースが燃えれば連動して近接概念であるクリスマスも焼失する。いつも通り俺達がまだ記憶にとどめていられるのは、もう名称くらいだ」
「サンタクロースの特徴も思い出せないということは、好みのサンタ像を捏造し放題ってわけですね。白髪の痩身な美青年で、12月24日の夜に街を徘徊して悪い子にアッパーカットでお仕置きしてまわるとか」
「流石に今君があげたのがろくでもないN次創作だってことは文脈からはわかるが、フェイクだって断言できるのもせいぜいがなまはげから引用している部分くらいだな」
「では、世の中のお父様達が冬のボーナスの確定拠出で悩む話や、12月に誕生日があるためにプレゼントが年に一度に集約された悲劇などは……」
「まるでピンとこない。まるで縁のない国の風習を脈絡なく聞かせられたような、そういう実感の湧かない感覚だとも」

 これである。これが会話劇であれば、担がれているのは詩織の方、となるが、実態としては町へ出ればいくらでも、サンタクロースを忘却した人間を一山いくらで確保できるだろう。
物語の焼失とは、つまるところ世界の記憶からの破却であり、404のアクセスエラー、というわけだ。館長がかろうじて名称を記憶にとどめているのは、キャッシュを保存しているようなものだという。
「影響、大きそうです、ね」
「冬の風物詩だ。サンタをモチーフにした物語は連動して遠からず焼失するし、クリスマス、というイベントをきっかけにした事象はすべて消失後は発生しなくなる。こう話している間にも、もはや実例を想起するのも難しいな」

 館長はいつも通り淡々と答えたが、詩織の方はというといつも以上に大きそうな悪影響に内心足元がふらつく思いだった。本の一冊が世界の記憶から焼失した時でさえ、着実に物事の歯車が狂う実感があったのに、それがサンタクロース、クリスマスともなればどこまで世の中の事象が狂うか想像もできない。だがなによりも。
 
「クリスマスのお話が全部丸ごと、消えちゃうなんて寂しいですもの、ね」

 その点が、詩織の偽らざる本音であった。手にしたココアを味わうと、馴染み深い美味しさがじんわりしみ込んでくる。メイドの彼女が作る飲み物はココアからレモネードまで、なんでも美味しい。

「では、よろしく頼む。今回の同行者はラグネが申し出てくれて、大図書館も承認済みだ」
「頼もしいです。けれど、館長さんが着いてきてくれたこと、ありませんよね?」
「俺は、その、あれだ。君と並んで歩くには少々年嵩が、な」
「親子って言い張れば、ちょうど良いと思います」

 詩織の言葉に、館長は傾けていたティーカップをたっぷり三秒は停滞させた。
 
「……いや、やはりあらぬ誤解を君におっ被せるのは、よろしくないな。近い世代に見えなくもない司書メンバーの方が適切だろう。能力面でも、不足もない」

 そう言って、館長は残りのお茶を飲み下していく。詩織は改めて、目の前の上司、といってもまだ雇用関係ではないので精々ボランティア仲間、といった方が適切な年上の異性をマジマジと見る。
黒髪に黒い瞳、服装と振る舞いこそ紳士然とした洋装の佇まいだが、それでいて漂わせる雰囲気は詩織の日常からは縁遠い野趣を匂わせる。野武士か傭兵が十分に慣らして場にあった振る舞いをしているような、ちぐはぐさ。物語を愛する詩織にとって、関心を向けざるを得ない非日常の象徴の一つと言っても良い。

 もっとも、それは館長に限らずのことで、例えばさっきから表向き、すまし顔で佇んでいるメイド服姿の司書とて一筋縄ではいかない曲者であることを、詩織はすでに十二分に理解していた。
この『図書館』の管理員は、誰も彼も凡庸では勤まらないようで、この大図書館の司書予備員という名のボランティアである詩織には、自分の凡庸さが少々コンプレックスなのであった。

「しかし、よくよく気を付けて行くといい。それが怒りであれ、悲しみであれ、あるいは歓喜であれ、他人様の楽しいイベントを踏みにじって厭わないってのは……大なり小なり強い動機を伴うから、な」
「ふふーん、もう初めてじゃないですし、ラグネさんと二人なら大丈夫ですよ。館長さんは一人で積読でも崩しながら待っていてください」

―――――

 陰鬱とした冬の曇り空から、ちらほらと粉雪が舞う。繁華街の街並みは、ビルのグレーにクリスマス特有の、赤と緑とゴールドの装飾に電飾のライトアップで彩られていた。詩織は今、図書館中枢が特定した発火点と推定される都市へと訪れていた。繁華街につながる駅前は人込みでごった返しており、詩織が生まれ育ったひなびた地方都市の閑散さとは比べ物にならない。

 だが、行きかう人々の表情は、12月特有のどこか浮足立った雰囲気はなく、誰も彼も疲れが勝る表情なのが簡単に見て取れるほどだ。

「みんな、疲れた顔をしていますよね」
「この星、この国、この時期特有の、年末の繁忙さと年末年始のお祭り気分から後者が消失したら、無理はありません、ね」

 詩織の何気ない言葉に応えたのは、今回の同行者だった。誰も彼もがその少女に首がねじれそうなほどに視線をくぎ付けにしながらすれ違っていく。いつもの事なので慣れてしまった、とはいかず、詩織は隣のパートナーに視線を流す。

 少女の容貌は、冬の極星も白旗をあげるほどに整っており、艶やかな黒髪は光を反射するたびに夜空の蒼と星の輝きを思わせ、分厚いコートに包まれた上からでも見て取れるほど、しなやかな体つきは猫科の美しさに結びつく。虹彩も明けの星空のようで、いつまでも見とれていられそうだ。ただし、その表情は彫像のようにそっけなく、感情の温度に欠ける。

 この少女が、図書館が誇る優秀な司書の一人、星喰のラグネチカであった。何故、一見完成された芸術品としか例えようのないこの少女に、星喰い、などという物騒にも思える通り名がついているのか、詩織はまだ聞いたことがない。いつか、本人から教えてもらうのが今の目標の一つである。

「ラグネは、クリスマスが無くなるのはどう感じるの?」
「物語の、情報の喪失は、いつでも、何が失われても、くるしくなります」

 どこか超然とした、透徹の瞳で駅前の人並を見つめ、また自身に向けられる好機の視線を物ともしない在り様でラグネは答えた。

「知的生命体が、構築した概念は、たとえ時が経つことで摩耗し、変質し、風化し、忘却されても、世界が内包する情報編纂記録帯からは、消えることはありません、の」
「この世界そのものが、物語を記憶するすとれーじ……本としての性質を持つんだよね」
「そう、です、の。ですけれど、量子炉による情報の燃焼と、エネルギー転化は世界の記憶を燃やすことで、エネルギーに変換する仕組み……ですから、燃料にされた情報は、世界からも、知性体からも消失し、完全に喪失します」

 ここが、詩織が何度説明を受けてもピンとこない話ではあった。SFのようでもあるし、ファンタジーの魔法の方が近い気もする。概念を燃やしてエネルギー転換するのが現代の電力源、なのは小学生の時点で習う話で、何ならその装置は動画サイトで構造が説明されている上に一般人でも比較的簡単に再現できてしまう。それが、問題だった。

 二人からもすぐ目に入る、間近の百貨店ではまだ12月24日には早いにもかかわらず、装飾のお色直しが始まっていた。クリスマス、の概念が焼失しつつあることで今の、クリスマスカラーのコーディネートを維持する理由も消失したためだ。おそらくは、次の時節である正月模様に誂えなおされるのであろう。

「……ラグネも、もうクリスマスを思い出せないの?」
「はい」

 実は、これを聞くのは今回が初めてのことだった。過去の仕事の時は、詩織は目の前の状況に対応するのでいっぱいいっぱいであり、ずっとラグネないし、他の司書に支えられっぱなしであったからだ。特に、ラグネは感情が表層に見て取れるタイプではなかったのも後押ししていた。

「以前、クリスマスプレゼント、を贈られたことはまだ、辛うじて記憶を再生できます。ですが、それがいつ、どこで、どなたから、どのような意味合いで、何を受け取ったのかは、もう再生できません。きっと、このまま戻れば、部屋にあるであろうそれを見ても、きっと、何もわからなく、なります」

 ラグネはそう言って、自身の胸元を握った。表情は、相変わらず薄く、情緒を読み取るのが難しい。でも、何も感じていないわけではないくらい詩織にもわかった。硬く握られたラグネの手に、自身の手を重ねて、詩織は言った。

「大丈夫、クリスマスは必ず、わたしが取り戻します」
「詩織は、いつでも、頼もしい、ね」
「ラグネほどじゃないです」

 ふと、詩織はラグネがわずかに微笑んだのを、感じ取る。ファミレスの間違え探しよりもほんのわずかな差異の、それを。

「でも、そのためには発火点を、探さない、と」
「ええっと……今回は、大丈夫そう。だって、目の前にあるし」
「目の前、この、木?」

 陶器人形のような薄い表情のまま、首をかしげる姿さえこの少女は愛らしい。同時に、ラグネが自身の目の前にある木がなんであるか判別できなくなっていることも意味していた。それは、駅前の広場の真ん中に誂えられた……豪奢なクリスマスツリーであったからだ。本来であれば、カップルが引きも切らないであろうスポットは、今やだれもが奇異の眼を向ける不可解なオブジェクトとしてみなされていた。

「物語を燃やすための火口は、本、あるいはその物語を象徴する物品……クリスマスツリーなら文句なしだと思うの。それに、ほら」

 詩織が、かつてクリスマスツリーと呼ばれていた木に歩み寄ると枝葉にかかったオーナメントを一つ手に取って見せる。それは金属製の八面体で、クリスマスの飾りには似つかわしくない鈍い輝きを放っている。

「量子炉、です、ね?」
「うん、夜にオーナメントに紛れ込ませておけば、朝には誰もツリーのことが分からなくなってるかなって」
「そうですね、現に私もわからないです、し」
「でも、もう動作も止めたから。後はちゃちゃっと修復さえすれば……」
「だめえ!」

 不意にかけられた、強い静止の声に詩織はつい、振り向いてしまった。当然周囲の観衆も、ギョッとして視線を集める。そこにいたのは、詩織と同世代の女子学生だった。顔立ちは幼く、目じりにはいっぱいに涙を溜めて。皮肉なことに、不都合な物語を燃やしたい人間ほど、忘れられるのは後の方になるのだった。叫んだ勢いのまま、その少女は駆け込んできて詩織へと掴みかかる。こういう時、荒事は素人の詩織はとっさに動けないのが常だ。

 瞬間、闖入者は天高く跳ね上げられ、まるで小豆を詰め込んだお手玉の様に空転しては地面へと落下する。あわやつぶれたトマト待ったなしかと思いきや、そうはならなかった。ラグネだ。

 ラグネはまるでピンポン玉でもキャッチするかのように女子学生を受け止めては、再度空へと投げ上げる。その様子は映画のワイヤーアクションのような突拍子のなさだが、安全ベルトもなしに天高くたかいたかいされては気の毒にも、女子生徒は悲鳴もあげられずに目を白黒させている。連動して、観衆も視線を上下させては困惑一色に染まった。

「詩織、今のうちに」
「う、うん」

 きっと、彼女にもここまでしなければいけない理由がある、のかもしれない。それでも、近しい友達から思い出を損なわせたままでいるほど詩織は甘くも弱くもなかった。物語を書き直し、世界に刻み直す行為が全員を幸せにしないことなど承知の上だ。詩織は背負った鞄から、分厚く重い辞書めいた本とそれに付随する不可思議な羽ペンを取り出す。世界の記憶を模倣したツールである。

 詩織がサンタクロースを、クリスマスを、12月の記憶を想起してペンを走らせるほどに、光が生じ、迸っては周囲に伝播して花火の様に散っていく。世界が失った物語が、一人の少女によって復元される行い。これこそが、詩織ただ一人が実現できる『仕事』であった。

―――――

「それで、館長さんはまだ帰っていないんですか?」
「まだ別件のお仕事が解決していないそうです。遅からず戻ってこられるとは思いますよ」
「ちぇーっ」

 場所は戻って、図書館の談話室。普段は光量を抑えた一室のテーブルは、所せましとクリスマス料理が並んでいた。ケーキに至ってはスタンダードなショートケーキからブッシュドノエル、ベリーのタルト、ミルクレープ……などなど、特に甘党が多いメンバーのために彩り豊かに準備されていた。いずれも、かの金糸の髪のメイドが事細やかに準備した一品で、詩織はこのために図書館のクリスマス会に参加したといっても過言ではない。そして、他の司書達に先んじて、ラグネが姿を見せては詩織の隣の席へちょこんと座り込んだ。詩織が何度見ても、この華奢な体からあの超人的な芸当が出力されているのか想像もつかない。

「クリスマスプレゼント、ちゃんと思い出せた?」
「うん。いつ、どこで、なにを、誰から、贈られたのか。全部」
「それ、聞きたいな」
「ふふ、今はまだ、内緒」
「そっか、いつか教えてね」
「うん、約束」

 世界から丸ごとクリスマスが失われなければ、いつでもまた教えてもらうこともできるだろう。そう考えて、詩織は目の前にずらりと並んだケーキをどれからいただくかについて思考を巡らせるのだった。

-終わり-

 ハイドーモ、俺です。そしてパルプアドベントカレンダーの季節ですよ!
今年も参加しまーす!と手をあげたはいいものの、12月が鉄火場となった上にたまたまノートパソコンのローカルにテキストをあげて置いたら保存する前にスリープから戻らなくなり、大体中盤半ばが丸っと消える大惨事に見舞われました。むーねんむねん。この作品のテーマにはあってるかもですが現実で消えなくてもいいんですよ!というわけで急遽自動保存のアプリに切り替えました。普段はこっちを使っているのにいったいなぜ今回だけ……おれは……

 で、本作は逆噴射小説大賞に応募したノーブックス・ノーライフの続き……ではなく別エピソードとなります。あっちから細かいところが変わっており、今後も増改築が進むので変更点がかさむと思われますが物語が焼失するストーリーパンクを舞台に個性豊かな司書達が名作を取り戻すべく奮闘する、という骨子は今後も変わらないので、また折を見て別の話を書ければいいな、と考えております。

 まだ他の方のアドベントカレンダーを読んでないぞ!って人は以下の目次から読みに行ってね!

 明日はチンチラ大魔王こと、ベンジャミン四畳半様です!お楽しみに!

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パルプスリンガー、遊行剣禅のパルプ小説個人誌です。 ほぼ一日一回、1200字程度の小説かコラムが届きます。 気分に寄っておやすみするので、…

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