No Books, No Energy #むつぎ大賞2024
かつて、図書館とは知の殿堂であった。今では、図書館が示す語義とは書力発電所の事である。
直射日光の闊歩する余地のない、薄暗い空間にまるで地平線まで届こうかと思えるほど長く続く書架、書架、書架。すべての書架には、強化アクリルケースで厳重に保護された書籍が隙間なく並べられている。
この光景を、過去からタイムスリップした書痴が見れば、とうとうあらゆる書籍は、厳重に保護され後世に伝えられるに至ったかと誤解してもおかしくはない。だが、せいぜい一分も中を探索すればこの空間が知の緩慢な処刑場に過ぎないことを思い知るだろう。
薄暗がりで容貌のうかがい知れない、長身の人物が甲高く靴音を鳴らして書架の谷間を進む。一定のリズムを刻む乾いた音に共鳴するように、ところどころの収められた書がぼんやりと燐光を放った。不意に輝いた書が、歩く人物の横顔を照らす。精悍な男性の風貌をわずかに克明に照らすと、光った書はあたかもろうそくが最後に燃え尽きる、その一瞬の輝きを提供したかのように黒ずみ、朽ちて、アクリルケースの中をボロボロと崩れ落ちて満たす。
男は、今まさに燃え尽きた書の亡骸にしばし視線をとどめたのち、歩みを再開した。
積読、という行為の効能が取りざたされて久しいが、基本的には書痴の自虐的なユーモアの範疇を出ないもの、のはずであった。不幸にも、その発見が為されるまでは。
ある科学者が、偶然にも自身が積み上げたバベルのごとき積読の塔を、読む以外に活用できないかと考えてしまったのだ。もちろん、古紙として火力発電に突っ込んだところで貢献できる度合いはたかが知れている。彼が考えたのは、積読かれた書の山から何かしら効率良くエネルギーを取り出せないか、という観点である。果たしてその試みは、成功してしまった。
男が歩を進めるたびに、あちこちの書架で、寿命を迎えた書達が断末魔すら上げることなく朽ちていき、燃え尽きて空いた棚にはすぐに別の犠牲書が自動機械によって入れ替えられる。電力会社の公表データでは、この図書館一つで関東の電力事情を賄えるほどに高効率であるそうで、もはやそれ以外の発電システムは文化財として動態保存された骨董品に過ぎない。
もはや、創作とは電力供給のための加工手段にほかならず、世の作家たちは読まれることのない作品をただ燃やすために書きつける運命を定められたのだ。それでもなお、誰にも読まれることもなかろうと書かずにはいられない人種が、このシステムを持続可能な発電機構となさしめている。
男が足を止めて向き直った先には、一冊の小説があった。タイトルは、『一億二千万のネコ』。男が手を伸ばすと、書架という名の牢獄はあっさりと書を解放した。そして、代わりとして遇した書籍を飲み込むと、素知らぬ風に発電を再開する。
そうして、男が去っていった後には、変わらぬ発電光景が続くばかりであった。
<終わり>
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