冥竜探偵かく語りき~生体迷宮停滞事件~ 第十五話 #DDDVM
相応の経年劣化は見られるものの、王国にとって重要な存在を見守る役目とあってか革張りの表紙に包まれた日報は今も当時と変わりのない情報を私へと伝えてくれた。
公との雑談を楽しむ担当、僻地に送られたことでしがらみから距離を置けた事をつい書いてしまった担当、早く王都に戻ることを願う担当などなど、悲喜こもごもの内情が綴られている。この様な当時に思いを馳せることは普段であればとても楽しい行いなのだが、今は推理に必要な情報を優先して拾わなければ。
そんな事を考えていた私の視点に、一つごくわずかな違和感が引っかかった。その違和感は、ともすれば過ぎていった年月の産物のようにも思えてしまうようなちょっとした特徴にすぎない。それは、染みだ。それも黒インクをこぼした派手な染みではなく、ほんの水の染み跡である。
染み跡をよくよく観察するためにページを捲ると、いずれのページにも縦筋の特徴的な染みが刻まれている。手に入れられる限り多くの書を読んできた私だが、この様な染みを見るのはこれが初めてであった。
「司書殿、おかえりになられる前に一つ伺いたいのだが……お持ちいただいた資料はもちろん厳重に保管されておりましたよね?」
「はい、機密情報の為、これらの資料は王都内の専門部署で保管しております」
「そこに、水染みが生じる様な環境は」
「いえ、むしろ火気水気厳禁です。何か気がかりなことがございましたでしょうか?」
「これを見ていただいたく」
問題の書を彼女の直ぐ側まで浮かばせれば、ペラペラと不可視の指で丁寧にページをめくってみせる。返答よりもはやく、彼女の眉根を寄せた表情が違和感を物語っていた。
「おかしいですね、この様な染みは初めてみました」
「あなたもですか。ふむぅ……」
「この事が、何か今回の事件に関わりがあるのでしょうか?」
「いえ、それを断定するにはまだ早いとおもいます。まずは結びつける為のつながり部分を、ワトリア君達に探っていただく必要がありますね」
「さようでございますか。しかしいかなる形にせよ、漏洩があり得たかもしれないとなれば我々の責任問題となりますため、関連が判明したら私どもにも情報をいただいてよろしいでしょうか?」
「もちろんですとも。そちらの伝書箱に伝書鳩をお送りいたします」
ここでいう伝書鳩とは、魔術で編んだ使い魔の一種であることはお断りしておこう。本物の鳩は間違っても私のところまで寄ってくることは……たまにはあるが、基本的にはない。
「感謝いたします、シャール様。他にも必要な書類があればなんなりと……それでは、私はこれで失礼いたします」
優雅に会釈をしてくれた司書殿は、図書仕えとは思えない俊敏な動きで私の住まいから色付きの風となって退出していく。思えば、彼女の服装には泥はねの染みさえ一つとしてついていなかった。私のすみかは遠足で来れる程度の険しさだが、そうはいっても不可解ではある。
「ふむ……達人とは思いの外、日常に潜んでいるものだね」
【冥竜探偵かく語りき~生体迷宮停滞事件~ 第十五話:終わり|第十六話へと続く|第一話リンク|マガジンリンク】
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