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パンドラ・イン・ジ・オーシャン -1-

「R・V、二匹目の喋るマグロが発見されたの」

しかるに、常識というのは覆されるためにある。つい最近覆された俺の常識の一つは、マグロは日本語を話せるという事だ。だがそんな体験はもう二度とないだろうと脳裏に刻まれた深い傷を忘却の砂で埋めて忘れ去ろうとしていた矢先の、彼女の言葉だった。

夕暮れの光差し込む黄昏時の、荒くれ文筆家ことパルプスリンガー達が集うここは、超巨大創作売買商業施設”Note”の片隅にある古びた西部劇風のバー・メキシコ。

今日一日の執筆ノルマを何とか乗り越えた、いつも通りの黒ずくめの俺に対して彼女からかけられた言葉が冒頭の、それだ。忌まわしい、と言うほどの記憶ではない物のインパクトのあったメモリーのフィードバックにこめかみ抑えながら言葉を返す。

「ああ、ああ、一匹いたら二匹目もいてもおかしくはない。言語はコミュニケーションをする相手、つまり複数でないと意味を持たないものだし」

俺の返答を受けた、青みがかった美しく長いストレートの黒髪に、タイトなオフィススタイルの上に白衣をかけた彼女ことM・Hは被りを振ってため息をつく。

バーにありがちな丸テーブル、その席についた彼女は対面の俺に対して自身のスマホを差し出しては動画アプリを起動しその内容を共有した。

動画アプリに映し出されたのは、俺が体験したシチュエーションに近いマグロ釣りの場面。もっとも俺の時は疑似大和型戦艦に乗せられての漁だったが……それは置いておいて、動画の内容に集中する。

壮年ほどの奥深い皺を刻んだ海の男が、自身の釣り竿にかかって甲板へと釣り上げられたマグロを凝視している。動画を撮影しているのは海の男の背後に居る別の人物の様だ。

動画が始まった時にはマグロは不運にもシメ用の鉄杭でもってとどめを刺されてしまったらしく、赤い血をエラ近くの穴から流出させつつも息も絶え絶えに訴えていた。

『どうか……我々をお救い……ください……どうか……』

その言葉を最後に、完全にこと切れて動かなくなるマグロ。海の男が振り向き、その困惑した表情をレンズに映した所で動画の内容は終わった。

「ジョーク動画だと思うかしら?」
「わからん、最近はCGの出来が本物と見まごうばかりだからな。だが、あの漁師の目は演技にも思えんし、仮にこの動画が本物ならまたもやシーライフに危機が訪れている可能性が高い」
「そう、そこなの。私としては見過ごしてはおけないんだけど……」

内容がうろんなだけに奥ゆかしく目を伏せるM・H。実際問題俺自身二度もしゃべるマグロに関わる羽目になるとは想像していなかったが、マグロの危機とは即ちマグロ食の危機でもある。であれば、看過できまい。

「海の危機は人類の危機だ。引き受けよう」
「ありがとう、助かるわ」

控えめにはにかむ彼女に不敵に笑って見せると、すっかりぬるくなってしまったCORONAをラッパする。しかし、マグロ乱獲密漁団体は前回滅ぼしたはずだが……今度は別の連中が絡んでいるのだろうか。

【パンドラ・イン・ジ・オーシャン -1-:終わり:-2-へと続く

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