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ノモリクオノミカ②【連載小説】

【「ノモリクオノミカ」①はこちらです】

 ぼくは、その言葉に窓から外を見ようとしたが、急に馬車が傾いて、急降下を始めた。内臓が浮く気持ち悪さに思わず声をあげた。車内は悲鳴であふれた。
「わああ、きもちわりー」
 リョウはモモを抱っこして大声でわめいた。モモも辛そうな顔で、ぎゅっと目をつぶっている。サキとナオはダレカに抱きついている。ダレカは大きな羽根を広げて2人を包み、落ち着いた様子で黒い瞳をぼくに向けた。ナオがぼくに呼びかける。
「ダレカは鳥だからこういうの大丈夫だって、だから掴まってってー!」
 宇宙服の頭を覆うガラスはいつの間にか透けていて、ナオの青ざめた顔が見えた。こんな時だけど、ぼくは不思議に思って尋ねた。
「言葉がわかるの?」
 サキは黒い体毛を逆立てながら悲鳴をあげた。
「なんとなくだよ!いやぁわたしこういうのちょーダメなのお」
「たいへんだねぇ」
 リョウの肩に止まっていたコウタは落ち着いた声で、顔色も変わってない。カメレオンの顔色が身体の色なら、だけど。思わず「平気なの?」と訊くと「逆さになっても全然オッケー」と、眼をぐるりと回して言った。

 ばふぅん!ぼんっぼん、ぼん……

 馬車は何度かバウンドして、動きを止めた。
 ぼくらは車内で折り重なったまま、身動きできずに数秒間を過ごした。コウタがリョウの背中から身軽にジャンプして、馬車の扉に取りつくとそれを開けた。ぼくらはうめき声を上げながら、よろよろと馬車の外に出た。
「もう!なによ今回の着陸」
 ナオは怒って天馬の馬車の車輪を蹴った。天馬は高くいななくと、馬車ごと、ふわりと宙に溶けるように消えた。
「モモ、大丈夫か?」
 リョウはモモを気づかい、モモは頷いた。そして彼の腕から飛び出すと、白い床の上にぴょんと降りた。

 外の景色の眩しい白に、ぼくは目をしばたたかせた。
 どこまでも続く白い地面は、地平線で水色の空にやわらかく溶けていて、まるで雲の上みたい。その見た目どおり、地面はふわふわしていて、小さくジャンプしてみると、数回バウンドして静止する。
 薄い水色の空には色とりどりの星が、イルミネーションのようにキラキラときらめいている。そして視線の先には、白くかがやく巨大な城がそびえ立っていた。ぼくはそれを呆然と眺めた。城の大きさがあまりに大きすぎて、近くに見えるけど、たぶんまだ遠い。距離の感覚がおかしくなる。
「こっちだよ」
 リョウとモモはぴょんぴょんと床をバウンドしながら、城の方向へと進み始めた。背中に軽い衝撃を感じて振り返ると、右肩にコウタが止まっている。目が合うと、カメレオンは「ほら、行って」と声をかけてきた。
 すでに、他のメンバーも、リョウたちの後を追って、重力の少ない月面のように、跳ね進んでいる。ぼくも真似をして、半ば跳ね、半ば走りながらコウタに尋ねた。
「君は自分で歩くことはないの?」
「僕はね、ここでは、てってい的に頑張らないって決めてんの。頑張るのはさ、飽きちゃったから、もう」
「飽きた?」
「……」
 コウタが黙ってしまったので、ぼくは前を向いて、先を進む彼らの後を追った。不思議なことに、結構な運動量だと思うのに、全然疲れない。さすがは夢の国。 

 しばらくの間、ぴょんぴょん走っていたが、いっこう城までの距離が短くなった気がしない。ぼくは気になったことをサキに尋ねてみた。
「さっきから、君たち、慣れた風だよね。次になにが起こるか分かってるみたいだ」
 サキは笑顔になった。
「そりゃそうよお。だってここに来るの3回目だもん」
 リョウが話に入ってきた。
「アイテム探しの挑戦者はみんな、まず城に行って”冒険”を選ぶんだ。そんで、それをクリアする。正しい手順で進めば、自ずと道が開かれる……っていうけど、まだだれも、最後まで行けてない。俺はさ、ヒントに”剣を交えて”って言葉もあるし、怪物州だとニラんでる」
 モモが、四つ足でぴょんぴょん跳ねながら
「怪物州、行くのすごくむつかしって、オークのおじい話してた」と言った。ナオが話を続けた。
「それでね、わたし達の2回の失敗は、リーダーがいないせいかも、って考えたの。選んだルートが正解かどうか、正しく判断できるリーダーが必要なんじゃないかって」
 そう聞いて、ぼくは困ってしまった。
「それがぼくってこと?ええーどうかな。ぜんぜん自信がないけど」
 ぼくの肩に乗っかったコウタが突然、声を上げた。
「根拠はあるよ。ダレカが、最初にきみを見つけたってところ。ダレカにはね、不思議な力があるんだ。僕たち、何度か危ないところを助けられたよ」
 ぼくは、長い足で軽快に飛び跳ね、時々小さく羽ばたいているダレカの優雅な動きを眺めた。そういえば最初に見た時、前にどこかで会った気がしたっけ。
「君は、ぼくを知ってるの?」
 ぼくはダレカに訊いてみた。でも、ダレカは返事をせず、こちらを見ることもなく進み続けている。聞こえていないのか。それとも答えたくないのか。

 どれだけ時間がたったのか、忘れてしまったころ。ようやくぼくらは城のふもとにたどり着いた。城を見上げると、屋根の先端は空に溶けたようにぼやけて見える。ぼくは巨大な城門を見渡してつぶやいた。
「どうやって入るのかな」
 それに応えるように、どこからかラッパのファンファーレが響き渡り、白い城門が重々しく開いて、小さなたぬきが顔を出した。お城の召使いだろうか、たぬきは後ろ足で立っていて、栗色のふさふさした毛並みに青いりっぱな服を着込んでいる。ボタンの隙間から大きな懐中時計が見える。
 たぬきは、短い両手を広げたくらいの隙間を開けると、門から外には出ずに、ぼくらに向かって声をはりあげた。
「若き挑戦者たちよ、あなたがたの勇気を讃えます。さあさあ、どうぞ中へお入りください」
 そう言ってたぬきは門の中に姿を消し、ぼくらはリョウを先頭にしてぞろぞろと中に入った。しんがりのぼくが入ると、門は再び閉まり始めて、バフン、という音と共に閉ざされた。
「さあさあ、ずずいと奥へ」
 声の方を見ると、つるつるの白い大理石の床の上に、赤いじゅうたんの通路がまっすぐ伸びていて、その終点の扉の前で、たぬきが手招きしている。室内は、中世の教会の中のように、巨大な柱が等間隔で伸びて、高い天井の近くで枝分かれし、お椀のようにくぼんだ、丸い天井を支えている。部屋の飾りは豪華な感じだけれど、室内の空間が広すぎて、がらんとした印象だ。
 両側の壁の高い位置に、大きな薔薇窓があった。窓には色んな青色で、美しい絵が描かれている。室内は壁も家具も、全て白から青にいたる種類の色でできていて、青い窓の光で照らされた、広い広い床の上に、赤いじゅうたんが際立っている。
 リョウやサキたちは、おちついた様子でじゅうたんの上を歩いてゆく。扉の前に到着すると、たぬきは一礼して扉を開けた。

 次の部屋は、透明なチューブのようなものが、曲がりくねって部屋の空間を埋めていた。太さは直径50cmくらいか。チューブの奥に巨大な機械があって、その機械の上には透明なガラス瓶が載っている。広い部屋の上半分が埋まるほどの巨大な瓶の中に、色とりどりのボールがぎっしり詰まっているのが見える。
「どなたか、ハンドル操作をお願いします」
 たぬきは、機械についた車のハンドルを指し示した。みんなは顔を見合わせた。ナオが「前回はリョウとダレカがやったよね。今回はわたしとモモでいい?」とリョウの顔を見ていった。リョウは不服そうな顔をしたけれど「まあ順番だしな」と腕を組んだ。モモがぴょんと跳ねて「まわす!まわすのやる!」と嬉しそうにハンドルに駆け寄った。
 サキが「そうだ!ユウも初めてじゃない。受け取り、やってもらおうよ」と声を上げたので、その場の全員の視線がぼくに集まった。受け取りって?たぬきの顔を見ると、彼(彼女?)はうなずき、ぼくを手招いた。
「では、こちらです……ここからね、出てきますから。私がフタを開けますんで、しっかり受け取ってくださいね」
 たぬきが指したのは、手すりが付いた丸い金色の金属の板で、それがフタのようにチューブの切断面を覆っていた。そうか、ここからボールが出てくる仕組みになってるのか。ぼくはフタの前に待機した。ナオとモモが、両側からハンドルを掴む。

 どこからか、ドラムロールが聴こえてきた。
 ダララララ……ダララララ………

「そおれっ!」
 ナオとモモがハンドルを回すと巨大瓶の中のボールが激しくシェイクされて、ジャーンというシンバルの音とともに、中のひとつがチューブに吸い込まれる。

 しゅるるるるるる〜

 ボールは曲がりくねったチューブの中をどんどん進みながら、目まぐるしく色を変えてゆく。
「今ですっ」
 たぬきがサッとフタを開け、ぼくは飛び出したボールをがっちりと受け止めた。
「ユウ、ナイス!」
「出だし好調!」
 みんなが飛び上がって喜んでくれたので、ぼくも嬉しくなる。ぼくは手の中のボールを見つめた。大きさといい形といい、学校で使うボールみたい。違うのは色だった。メタリックピンクの塗料を吹きつけたみたいに、テカテカ光っている。ボールを回してみると、白い星のような絵と、それを今にも飲み込みそうな黒いヘビの絵が描いてあるのに気がついた。

 みんなが、ぼくのまわりに集まってきた。ナオが難しい顔をして、ヘビの形を指でなぞった。
「ヘビ……?なのかな……」
 コウタは目をキョロキョロ動かした。
「どうみてもヘビ。しかも黒。これはうわさに聞く”黒ヘビの谷”じゃない?」
 みんながハッと息を呑む気配。
「運命は定まった!」
 たぬきの声がした。そして、たぬきはアッという間に、ぼくからボールを取り上げて、ぽーんと高く投げ上げた。

 ボールは部屋の空間の中でくるくるりと回転し……ぱあんと大きな音を立てて弾けた。キラキラした無数の小さな星が、ぼくらの上にふり注ぐ。

 ぼくらの身体に付いた星からブクブクと泡が湧き出て、ぼくたちはひとりずつ、大きなシャボン玉の中に閉じ込められた。シャボン玉は、ぼくらを中にふくんだまま、宙に浮かんだ。中のみんなは何かを言っているけど、全く聞こえない。ぼくは手足を振りまわして暴れてみたけど、シャボン玉の壁はブヨブヨとした手応えで、やぶれる気がしない。
「次への移動が始まる。覚悟を決めるしかない」
 肩のコウタの声が聞こえた。そうか、中なら話ができるんだ。ぼくは焦る。早く訊かないと……これはなんだ?ぼくらはどうなるんだ?
 でも口から出たのはこの言葉だった。
「黒ヘビの谷の噂って!?」
「この世でいちばん大きなヘビがいて、その口の奥が次の世界の入り口になってるって。でも、喰われて帰って来たやつはいない、って噂もある。どうにかして、確かめる方法があれば……」


 シャボン玉ごしに見える景色が、ぐにゃりと虹色に歪んで、ぼくとコウタを包むシャボンの壁が、どんどん暗さを増してゆき……

……ぼくたちは、意識を失ったまま、次の冒険の世界へ移動した。


【ノモリクオノミカ③】へ続く→

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