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盲目【短編小説/ #うたスト】

 放課後、tiktokの画面を確認する。自撮り動画のイイねが20k越えた。
 鞄を抱えたユズが近づいて来て、それを覗き込むと歓声を上げる。
つむぎ、二日でこれマジ上げ! さっすが読モ、クオリティ鬼じゃん」
「んーでも、スローダウンしとる……次のネタどうしょー」
 後ろの席の結菜ゆいなが手元のスマホ画面をこちらに向けた。
「これどう? アニメキャラのコスプレ! 紬の聖様、見たすぎっ」
「激しく同意! 聖様しか勝たん」
「無理ゲーだし」
 教室の出口に走馬そうまの姿が見えた。私は立ち上がり、ユズと結菜に手を振ると、彼の元に駆け寄った。走馬と帰るのは三日ぶりだ。最近はバイトだの委員会だのですれ違いが続いていたし、LINEもかなりそっけない。付き合い始めて半年、いわゆる倦怠期ってヤツなのかも。こういう時に焦るのは逆効果だとネットの記事にあった。一緒に居て楽しいと思って貰わないと。

 帰り道は除雪され、雪は道の脇に固められている。空はどんよりと曇っていたけど、私は先週買ったばかりの赤いマフラーと揃いの手袋を身につけて、明るい笑顔を心がけ、人気のtiktokerのことや、ドラマの話で盛り上げようと頑張った。でも、走馬は心ここに在らずって感じで、相槌も機械的だった。
 会話が途切れ、思わず私は「明日も一緒に帰れるよね?」と口走った。すると走馬は気まずそうな表情になり、目を逸らした。
「明日は先帰る。予定あるから」
「また映画?」
「そう。観たいヤツ始まるから」
「何で誘ってくんないの?」
「紬、俺が好きな映画、興味ないじゃん」
「…………」
 私は口籠った。聞きたい気持ちと、ダメだと自分を止める気持ちとがせめぎ合う。でも結局、堪えきれずに口を開いてしまう。
「なんかさ、映画館で走馬と望月もちづきさんがデートしてるとこ見たってLINE来たんだけど……偶然会ったとか?」
 走馬は前を向いたまま「デートじゃないけど時々会うよ。よく観るんだって、ミニシアター系」と言った。口調がぎこちない。私の中に湧き上がった黒いもやが、急速に胸の中を闇色に染めてゆく。
「望月さんと仲良いの? 意外。学校では話さないよね」
 走馬は、眉をひそめて立ち止まった。
「これ何? 俺、探り入れられてんの?」
 私はその口調の厳しさに慌てる。「違う、てか偶然ならそう言えばいいじゃん。なに怒ってんの」
「偶然じゃないって言ったら?」
「はあ? 何それ。あの女、ブスのくせに走馬狙い!? やり方、汚すぎ」
 走馬の表情は険しさを増した。
「お前さあ、ほんと発想が自分本位ってか、可愛い自分大好きだよな。俺もさ、お前と並んで歩いてて、周りが美男美女とか言ってるの気分よかったけどさ……話しててマジつまんない。恋愛ドラマとか芸人とか、クソどうでもいいんだけど」
 私はパニックになった。え?走馬、なに怒ってるの?私、何も悪いことしてないじゃん。頭に望月の姿が浮かぶ。地味で口数も少なくて、存在感が全く無い女。休み時間もぼっちで本を読んで。いかにも無害そうな、あの姿は見せかけってわけ?
 走馬は怒りの表情で鞄を担ぎ上げると、私の方を見ずにすごい勢いで歩き出した。私はその場に取り残され、立ち尽くした。
 雪がちらつき始めた。街の中を遠ざかっていく走馬の姿が霞んで見え、私は震える身体を両腕でぎゅっと抱きしめた。寒さのせいじゃなく、悲しみと怒りと混乱のあまり、バラバラになりそうだったからだ。


 次の日、私は体調が悪いと嘘をついて学校を休んだ。両親は仕事で朝から居ない。昼過ぎに外出してグラサンとウィッグを買い込み、母親のダウンコートを拝借して、走馬の行きつけの映画館に向かった。
 映画館は小さいが、装飾はアーティスティックな雰囲気で洒落ていて、客はいかにもアート系映画を好みそうな、個性的な服装の人間が多い。劇場に続く扉の前は待合室のようになっていて、小洒落た売店があり、壁には映画のポスターやチラシが、所狭しと貼ってある。

 私は劇場の向かいのスタバに陣取り、大きな窓越しに、チケット売り場を見張った。
 まず現れたのは望月で、チケットを購入するとすぐ、入口に入っていった。五分位あとに走馬が来て、同じように券を買って中に入った。私もスタバを出ると、券を買い、慎重に建物に入った。
 前の回が終わったらしく、人がぞろぞろ出てきた。私はそれに隠れるように、狭い待合室の壁際から、二人の姿を探した。制服姿は望月と走馬だけだったので、すぐに分かった。望月の方は、ショートカットに眼鏡。身体つきは痩せていてメリハリが無く、制服を着ていなければ、直ぐには女と分からない地味さだ。
 私は走馬の表情を見て、ショックを受けた。走馬は展示を見ながら、熱心な様子でしきりに話しかけていて、隣の望月を見る目は熱っぽく輝いている。望月の方は普段とあまり変わらない。
「あそこのカップル、見た目格差〜」「イケメンの方が惚れてるっぽくない?」
 私の横に居る女性二人がひそひそ話をしている。私は叫び出しそうになって、必死に歯を食いしばった。そんなんじゃない。何か裏があるに決まってんだから。

 やがて、映画館の係員が入場開始を呼びかけると、待合室の人々が中に入り始めた。私は走馬達の後ろから入場し、彼らの斜め後ろに座る。
 場内の照明が落とされ、映画が始まった。私は座席の上に辛うじて見える、前の二人の頭を凝視する。イチャつきだしたら、我慢できずに飛び出してしまいそうで、両手の拳を握りしめた。当然、映画の内容なんて全く頭に入って来ない。

 ふと、スクリーンに浮かぶ少女の、か細い声が耳に入ってきた。少女はぼろを纏い、破壊された街を裸足で歩きながら呟くように歌っている。夕陽に浮かぶ廃墟の黒いシルエット。彼女の上を赤い光と影が交互に踊る。


“きれいは 汚くて
  汚いは きれい

やさしさは きびしくて
  きびしさは やさしい

美しいのに 醜くて
  醜くても 美しい

そういうふうに

見えるから 見えなくて
  見えないから 見えてくる”


……謎めいた歌詞。お話も意味分かんないし。こんなのお金を出して観る人の気が知れない。
 映画が終わり、場内が明るくなった。私は荷物を探すふりをして顔を伏せ、出てゆく二人を目で追った。そのまま後をつけ始める。

 二人は向かいのスタバに入り、私も遅れて店に入った。店は混雑していて、二人が私に気づく様子は無い。彼らは店の端の小さなスツールに向かい合って腰かけ、話をしている。私は彼らの側の立ち飲みスペースに飲み物を持って立ち、他の客の影に紛れて聞き耳をたてた。
 走馬の声が聞こえてくる。
「……戦争の場面、めちゃ迫力あった。あれCGかな。静かな場面との対比がすげえっつうか、惹き込まれる感じ」
「全体を通して穏やかな場面が多いけど、途中で挟まる破壊の描写がすごく強烈で、その分、静けさがより沁みるよね。主人公が廃墟で歌うところ、印象強かった」
「悲しいとこだけど綺麗だった」
 走馬の言葉に、望月が頷く気配があった。
「美しいのに醜くて 醜くても美しい」望月は小さな声で少し歌った。「醜さの中に美しさがある……醜く見える世界にも希望がある、あって欲しい。そう聞こえた。私の想像だけどね」
「壊れる前の世界の姿を思い出してたのかな……」

 二人は手を繋ぐことも、身を寄せ合うこともなかったけど、そこにある空気の親密さ、彼のあんな話ぶりと眼差しは、私が知らないものだった。
 私は耐え切れなくなって、静かにその場を離れた。帰路につきながら、惨めさに涙が溢れそうになり、強く唇を噛み締めた。血の味がした。



 昨晩、泣きすぎて頭痛がする。起き抜けは、かなり悲惨な顔だったし、今も恐らく酷いだろう。でも、今日は母が仕事休みの曜日で、色々詮索されるのも面倒なので、登校した。
 一応、学校では“読者モデル”という肩書きでそこそこ有名人なので、通学路ではいつも、誰かしら話しかけてくるのに、今日は暗いオーラが出ているせいか、誰も近づいてこない。でも、どうでもよかった。
 俯いたまま教室に入り、席に鞄を置くと、すぐに教室を出てトイレに向かう。誰とも話したくない。ユズや結菜の、目に好奇の色を浮かべながら口では心配そうな様子を想像し、ウザ過ぎて吐きそうになる。

 トイレに入ってすぐの手洗い場に望月が居て、私は立ち止まった。望月は、私に気がつくと「おはよう」と小さく挨拶した。

 私の身体は勝手に動いた。無言のまま彼女を通り過ぎて、奥の掃除用具入れのロッカーからバケツを取り出し、手洗い場で水を入れると、トイレを出ようとしている望月に後ろからぶっかける。望月は驚愕して振り向いた。制服も周りの床もびしょ濡れだ。私はその様子を見て、せせら笑った。
「いいザマ! 人の彼氏奪っておいて、何しれっと挨拶してんの? 死ねよ、お前なんか。澄ました顔してどんだけビッチだよ」
 望月は水を滴らせながら、静かに私を見た。
「何か誤解してる。菅野すがの君と私は、友達。あなた達の邪魔をするつもりは無い。てゆうか、できない」
「はあ? 何しらばっくれてんだよ、てめえ!」
 私は望月に詰め寄ると、手のひらで胸をどんと突いた。望月はわずかによろめいたが、表情は変えない。怖がる素振りがないことが腹立たしく、私の頭にますます血が登った。
「あんたみたいのが一番タチ悪い。私は不幸ですって顔して、同情した走馬につけ込んでさあ! 走馬はちょっと底辺女が新鮮なだけでしょ。思い上がるな!」
「……本当に好きなんだね、彼のことが」
 望月の目が私を捉えた。静かで強い光に私は呑まれて、思わず口を閉じた。そこに被せるように、彼女の言葉が続いてゆく。
「もし不快にさせたなら、謝る。私は、人を好きになったことがないから。人の好意が分からないの」
「意味、不明」
「だよね。たぶん壊れてるの、脳のどこかが生まれつき。だから、本を読んで映画を観るの。想像することしかできないから。それだって全部、間違っているのかもしれない。自分の中に無いものだから分からない。分かりようがない」

望月は私をじっと見つめた。
こんな悲しい目は生まれて初めてだ。望月の口がスローモーションで動く。

「……きれいだね、あなた……すごく、きれい」

 私はたまらなくなって、望月の頬を思いきりひっぱたいた。望月は無表情のまま、すかさず平手で殴り返してきた。私たちは女子トイレの前で、相手の頬を殴り合った。
 辺りに人が集まってきた。遠巻きに囲むひとがきの中から走馬が走り出してきて、望月を庇うように立ち塞がる。
「やめろよ紬! なにしてんだお前」
「だって、コイツが悪いんじゃん! 走馬、騙されてるっ」
「言ってる意味、わかってんのかよ。もうウンザリだわ。お前さ、綺麗なのはガワだけだな、汚いよ……醜い」
「やめなさい!」
 望月は鋭く叫ぶと、走馬の腕を後ろから引っ張った。「自分のことを想ってくれる人を、そんな風に傷つけちゃいけない」
 走馬は彼女の方を振り向き、苦しげな顔をした。
「びしょ濡れじゃん。早く着替えないと。誰か、教室から望月の体操着持って来て! 俺は保健室に連れて行くから」
 走馬は彼女の腕を取ると歩き出した。望月は引っ張られながら「紬さんは……」
と言ったが、走馬はそれを無視して、二人で階段を降りていった。


 教師が駆けつけ、何があったとか、どうしたとか、大声で喚いているのが遠くに聞こえる。
 私を囲む、好奇に溢れた目、目、目。
 ただただ、私の表面を滑り落ちてゆく。どれひとつとして、彼女の、どこまでも澄み切って静かな目のかなしさに及ばない。

私はのろのろと女子トイレに入って行き、鏡を覗き込んだ。

“きれいは 汚くて……汚いは きれい”

(……きれいだね、あなた……すごく、きれい)


“美しいのに 醜くて……醜くても 美しい”

(汚いよ……醜い)

鏡の中の、女の顔。目を血走らせ、髪を振り乱して、涙を流す、醜い女。

──こんなものは。こんな、救いようのない醜くきたないものは。
恋じゃない。
恋なんかじゃない。

“見えるから 見えなくて……

……見えないから 見えてくる”

きたない

きれい

見えなくなる。なにも。



(完/ 4955文字)



※この作品は、Tome館長&ハナウタベさんの【盲目】をイメージして書きました↑

詩:Tome館長
朗読花歌:ハナウタナベ

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きれいは 汚くて
  汚いは きれい

やさしさは きびしくて
  きびしさは やさしい

美しいのに 醜くて
  醜くても 美しい

そういうふうに

見えるから 見えなくて
  見えないから 見えてくる

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ご本家さま
Tome館長様の詩のページはこちら▼
【詩】盲目
https://note.com/tomekantyou1/n/nd4809d91aef0

※こちらはpjさんのプロジェクト『#うたスト』企画に参加しています!

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