たまごの素顔 【#1000字ドラマ】
俺はおにぎりのショーケースを指差しながら声を張り上げた。
「筋子と、明太子と、焼きたらこ」
隣の珠子が笑った。
「すご。ぜんぶ魚卵」
おにぎりコーナーの店員から、パックに入ったおにぎりを受け取ると、俺は腕に下げた籠に入れた。会計は、売り場のレジで一括して済ますシステムになっている。珠子は、店のフロアを見回した。
「私は……サンドイッチにしようかな」
パンのコーナーに歩み寄ると、卵サンドを手に取り、籠に入れる。そして感心したように「ウチら、たまご好きすぎじゃん?」と言った。俺は彼女の顔に手を伸ばして、軽く頬を摘んだ。
「一番好きなのは、この“たまこ”だけどね♡」
珠子は笑った。
「わぁバカップルの会話」そして不意に身を寄せて来た。
彼女は真面目な顔になると、俺の耳元で囁いた。
「ねえ、綱吉……もし本当の私が、たまごだったら……それでも、綱吉は私のこと好きでいてくれる?」
「は?」
俺の右腕にピッタリくっついた珠子の顔が変化してゆく。俺は目を剥いた。珠子の顔から目と鼻と口が消えて、つるつるのたまごの表面に変わった。
「うわぁ!」
「えっ何!?」
珠子が驚いている。俺はベッドから天井を見上げ、上体を起こすと辺りを見回した。見慣れた自分のアパートの部屋だ。コーヒーの良い香りがする。俺は大きく息をついた。
「もお〜夢かあ……ヘンな夢ぇ」
珠子が狭いキッチンで朝食の支度をしながら、声をかけてきた。
「すごい声出すからビックリしたー。なに、夢?どんな夢?」
「何かさ……珠子の顔がさ、のっぺらぼうみたいな……たまごに、なってて」
俺はゴソゴソ寝床から這い出した。珠子は笑った。
「あっは、珠子がたまご? シャレじゃないんだから」
「はは……」
力なく笑う。
「もうすぐ朝ごはんできるよ、起きて」
珠子はフライパンのスクランブルエッグを皿によそいながら呼びかけてきた。俺は大きな欠伸をし、着替えようとハンガーラックに手をかける。彼女は背中を向けながら、言葉を続けた。
「その夢の中のわたしってさ……どんな顔してた?」
「いやだから、真っ白で……目も鼻も口もなくて」
「たまごみたいに?」
「そう」
「ねえ、それってさ……」
俺は手を止めて、珠子の方を見た。
珠子は、フライパンを持ったまま振り返った。
「こんな顔?」
(完/980文字)