見出し画像

しょうしゅ君、どこから来たの【②脳神経外科のイケメン医師編】

もっと早く対応すべきだと頭では分かっていたのに、2024年の年末になってようやくミタゾノ駅近くの脳神経外科に行ってみた。
ほんとのこと言うと、左足の足首から先は感覚が鈍いし、布団の中でも左足だけ暖かくならないしで、まあ……神経とか血管とか、そっち系なんだろなと、薄々わかっちゃいたんすよ。けどそれだと手術になりそうな気がして。真実を知ることを先送りしていたんだよね。面倒くさいこと、嫌なことは先送りしがち。闇カラスの悪い癖である。

ミタゾノ脳神経外科。
ぱっと見、普通の小綺麗な病院だった。待合い室には脳の写真とか、脳の血管の不気味な図解とかは見当たらない。(私が幼稚園くらいの時には、医療や保険関係の記事と一緒に写真や図解が貼ってあった気がする。でも最近の病院では見ない)ただ、受付と待合室のさらに横の扉に「レントゲン室」「MRI撮影室」の文字がある。大学病院じゃないのにそんな設備があるのかとすこし驚いた。スタッフはみんな若くて細くて感じが良くて、マスクイケメンorマスク美女ぞろいで少々不安になる。院長先生、見た目重視派?このキラキラ感はあれだ……代官山とか青山の美容院みたいな。ここはビョウインじゃなくてビヨウイン?なーんてダジャレてる気分じゃない。スタッフの見た目が良い病院に、なんか大丈夫か、と薄っすら不安を感じてしまう私がいる。いやそれこそ「金髪美女=頭空っぽ」的偏見だろう。見た目で先入観を持つのはイカンですよ。しっかりしろ、私。

……などと内心葛藤していると番号を呼ばれたので診察室に入った。
このスタッフにしてこの院長というか、明らかにナルシスト臭漂う(←偏見)マスクイケメン医師が座っていた。30代半ば〜40代くらいか。焦茶色の髪、日に焼けた肌、白衣の胸元には銀のネックレス。歯並びが良い綺麗な歯がのぞく口元……は、マスクで分からない。脳裏に「めぞん一刻」の三鷹さんを連想する。横に控える看護師さんもほっそりと華奢なマスク美女。三鷹さん似のイケメン医師はさわやかに声をかけてきた。

画像はイメージです

「こんにちはぁ。今日は〜ええと(手元のカルテを見て)足、がうごかない、と。(こっちを見て)それはいつからですかね。え、4年前から……かなり経ってるねえ。それで具体的にい、どこがどんな感じに動かないのかなぁ」
馴れ馴れしくてチャラい喋り方(※ここ実話)に、内心では若干引いたものの、私は左足を動かしてみせながら、かかとを持ち上げるとき力がうまく入らない、踏ん張りが効かずに感覚も鈍い。走れないし、しゃがめないし、転ぶと起き上がれない……などなど訴えた。イケメン医師はオーバーリアクション気味に頷く。
「うんうんそっか、あーここら辺ね、(自分の片足を伸ばすと手でふくらはぎとかかとを指して)もしかして⚪︎番と⚪︎番のあたりかな、うんなるほどぉ、整形外科とか行った?……そっか。じゃあまずレントゲンとMRI撮って調べてみよっか。準備ができたら呼ぶから待ち合い室で待ってて」
すかさず美しい看護師さんがドアに歩み寄り「こちらでしばらくお待ちください」とドアを開けてくれたので、私は診察室を出た。在室時間は5分という所だろうか。

筋力とか軟骨とか今まで言われたことは一切言われずに、きちんと原因を調べてくれるようでホッとした。見た目も喋りもチャラいけど良い先生っぽいじゃん。先ほどまでの不安はどこへやら、私の信頼メーターの針は「信じない」から「信じる」方へグンと近づく。しかしレントゲンと聞いて、数ヶ月前に受けた人間ドックの「発泡剤飲んで〜バリウム飲んで〜はいぜんぶ飲んで〜」を思い出して怖気づく。
いざレントゲン。幸い何も飲まずに済んだ。
「顎を乗せて〜息を吸って〜吐いて、そこで止めて。〜はい楽にして。次は横向いて」
問題はMRI。撮るのは二度目だけど慣れない。腰から下は機械の外に出ているとわかっているのに、顔のすぐ前に機械の壁があるとなぜああも圧迫感を感じるのかと不思議に思う。私は閉所恐怖症の傾向があるのかも。しかも大きな作動音が壁に反響する様子が、ドラム缶の中にいて外からガンガン棒で叩かれているような感じで不快かつ不安だ。この状態で停電が起こって閉じ込められたらどうしよう。いやどんだけチキンやねん、私。
私は、少しでも不安感を和らげるためにNHKで深夜にやっていた海外ドラマのMRIの場面を思い出そうとした。

イタリアのドラマなので壮年男性役は皆、こんな髭…

『DOC 明日へのカルテ』というドラマだ。
ドラマの中でMRIの画像を観ながら医者同士がああでもないこうでもないと話し合う場面。ドラマを観ているとき私(視聴者)は医師側に感情移入しているので、医師役の役者と、画像を映したモニターのほうに注意を向けている。そして上半身をMRIに撮られながら台に横たわっている患者の胴体と足は、いちおう視界には入っているけど観ている人側の意識から全くスルーされている……という、あの場面を思い描く。
今わたしは、あの無力な胴体と足と同じ状態だ。あそこはドラマ的には、なんてことはない日常的治療のいち場面。日常つまりトラブルは起こらない。日常だから大丈夫。
自分にそう言い聞かせながら15分を耐えぬいた。終わった後で、ふと壁に貼ってある機械の説明をみると『静音設計で従来のものより作動音が静かです』とある。嘘やん……。


ふたたび呼ばれて診察室に入ると、モニターに映っているレントゲンのような画像が目に入った。もちろんカラスの縦スライス画像だろう。いつも思うことなんだけど自分の身体だということがまったくピンと来ない。マスクイケメン医師はあくまでさわやかに切り出した。
「原因わかっちゃいましたー。ほら見て、ここ。(手元のマウスを操作して画像の輪切り位置を変えてゆく)このね背骨の、ここに神経が束になって骨沿いにずーっとこう、あって。その神経の周りの部分、さやみたいに神経を包んでいるところがあるんだけど、そこのところに(カーソルで画像の特定部位を囲む)これ、黒い塊があるでしょ。これが悪さしてると思うんだよね。しんけいしょうしゅっていうんだけど」
と、医師はカーソルを画面の端に動かして、そこに「神経鞘腫」の文字を書き込んだ。
確かに骨と並行して走る白い筋状の部分に、楕円形の黒くて丸いものが見えた。同じように白い筋のところを縦に走る細くて黒い筋を端っこに押しやって、どんと居座っている感じ。
「首からつながっている神経が背骨沿いにきて、腰から別れていくんだけど、その別れるすぐ前のところにこの、腫瘍があって、神経を圧迫してるのね。この黒い点々(と、指でカラスの輪切りの画像をさして)が、神経なんだけど。これで神経が圧迫されてるから、麻痺とか感覚が鈍くなったりが起こってるんだよね。うん」
私は”しゅよう“という言葉にちょっと呆然としながらつぶやいた。「しんけいしょうしゅ……えっ、とこれは、どういう治療になるんでしょうか」
イケメン医師は、画面に向けていた身体をひねると私に向き直った。両手を膝に置くと、正面から私の目をじっと見つめてきた。口調はチャラいまま目つきが鋭くなり、空気がぐっと真剣味を帯びた。
「放置して自然に良くなったりはしないのね。ゆっくりだけど腫瘍は大きくなっていくから、今は左足だけだけど、そのうち他の部位にも影響出てくる可能性が高いね。そうすると下半身麻痺とか。もしそうなると車椅子になったり生活にものすごく大きな支障が出てきちゃう。なのでね、なるべく早く手術した方がいいと思う。いやカラスさんこれ今日来てもらってほんっと良かったよ」
私は医師の言葉に被せ気味に、決定的なひとことを質問した。「しゅよう、というと、ガンですか」
医師はわずかに体をそらして声を張り上げた。「いやガンじゃないです良性の腫瘍ですね。はい、ガンじゃありません。……でね、ウチだと手術の設備がないので、紹介状書くんで専門の先生がいる病院に行ってもらいますねぇー。おうちの住所どこでしたっけ、ええと(モニターのカルテの方に向いて)マイマイ区……M駅とK駅どっちが行きやすいすか」
「できればK駅のほうが良いです」
するとイケメン医師は机の本棚から大きなファイルを取り出して、めくり始めた。
「K市立第二S病院。そうそう専門の先生いますよ、手術が上手な先生がね……ええと、これだ。この人なんだけど」
イケメン医師は私にファイルのページを見せてくれた。クリアファイルにファイリングされた、医師のカラー写真と紹介記事のようなものが見えた。同じファイルに病院の資料らしきもの入っている。傍らの看護師さんが近づいて、そのファイルを医師から受け取る。医師は言った。「この先生のとこにすぐ電話かけて予約とってあげて。うん、いまから」
看護師がファイルを受け取って奥へ消えるとともに、イケメン医師は私に言った。
「今から予約取るんで紹介状持って病院行って下さいね。はい、では待合い室でお待ちくださーい」
私はなんだか頭が半分くらいしか動いていないような気持ちのまま、診察室を出た。また手術か、という憂鬱な気持ちと、まだ実感が沸かないふわふわした非現実的な気持ち。病院の予約をとってくれるみたいで大いにホッとした。該当の先生の予約なんて、どう取ればいいのかよく分からないし。待合い室で、美人看護婦さんから予約日の候補をあげてもらい、2週間後の◯日に決めた。
そのあと受付のお姉さんに呼ばれて会計をし、白い封筒を渡された。封筒には紹介先の病院と医師の名前が印刷されている。撮影したMRIの画像のDVDと紹介状が入っていて、封筒は開封せず、この状態のまま予約日に該当の病院に渡すよう言われた。

病院から出てぼんやりと歩いた。
ランチなに食べようかな。この駅のレストランか、K駅にするか。ついでに無印や本屋に寄ろうか……意識の隅では現実逃避してるな自分、と感じながらも。
思えば、胃潰瘍のときも子宮筋腫のときも「良性か悪性かチャレンジ」で良性になっていた訳で。今回の神経ナントカも良性だったっぽいけど。つまるところ私は腫瘍ができやすい体質なんだろう。今回もギリでセーフだったが毎年がん検診必須ってことかもしれない。いや今回のは自治体の検診では分かんなかっただろうけど(面倒は後回し体質によりカラスは3年に一回程度の頻度でしか癌検診を受けていなかった)。
そして、そういえば今回の医師は「なんでもっと早く来なかったんですか」とは言わなかったな、と、ふと考えた。


→③タムタム氏の受難とはたらく細胞編に続く

いいなと思ったら応援しよう!