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サプライズ【#2000字ドラマ】

 タクシー運転手はルームミラー越しに客を伺った。夜更けの山道だ。後部座席は闇に沈み、トレンチコートを着込んだ女の顔は薄闇の中、おぼろげにしか見えない。その時、窓の外を過ぎた街灯の灯りが一瞬、稲妻のように室内を照らした。艶やかな長い黒髪が煌めき、濡れているのか、と彼は思った。

「夜露で濡れてしまいました」

 まるで、その疑問に答えるように女は言った。男は心臓に冷たい手が触れたように、ぐっと唾を飲み込んだ。声に聞き覚えがあるような気がした。運転手は気遣うフリをして、話をふってみた。

「この辺、ひとも車もあまり通らないでしょう。夜は真っ暗だ。女性が山道にひとりでいるのは危ないですよ」

「……約束があったんです」

 女は自嘲を含んだ口調でそういうと、大きく溜息をついた。そして、そのまま話を始めた。

「知り合いの女の話、なんですけど……田舎の生活に居場所がなくて男に依存したんです。親と折り合いが悪くて、学校にも心許せる相手がいない。男はその無知と孤独につけ込んで、若い女の身体を好きにしました。
 けれど遊びに飽きた男は、女に言いました。『東京に出て稼げる仕事を見つける。お前も一緒に連れてゆく。親の金を持ち出して来てくれ。当座の生活費として必要だから』と。女は、親が経営している会社の金庫から金を持ち出して男に渡しました」

 運転手はいまや、顔に血の気がなく、手は細かく震えていた。女は「あとはよくある話です。男は女と待ち合わせるふりをして、姿を消しました。女は約束した場所で男を待って、待ち続けて……」と、言葉を切った。ルームミラーの中で互いの目が合った。

「三十年経って、いま、ようやく会うことができました」

 運転手は、恐怖に顔をひきつらせて、目を限界まで見開き……


 そこまで観て、僕は録画したアニメを停止すると、リモコンでニュース番組に切り替えた。そろそろ朝飯を食わないと会社に間に合わない。
 着替えてキッチンに行くと、コーヒーメーカーをセットした。スマホで妻にLINEを送る。

『おはよう。由香がおすすめしてたアニメ、冒頭の10分観た。怪談かと思ったけどベタなサスペンス?』

 すぐに既読がついた。おや、向こうも朝ご飯の最中だろうか。
 妻はいま、出張先のホテルにいるはずだ。今日は三日間の出張の最終日で、戻りは夜、のはずだ。手元のスマホに返信が表示された。

『おはよう!冒頭のタクシーのとこ?あれ劇中劇だから。ベタなのが、後半生きてくる仕掛け。今から朝ご飯?冷蔵庫の中の白い箱、よかったら食べて』

 白い箱?そういや、冷蔵庫の上の方になんか箱が入ってた。もしかしてケーキとか?僕の誕生日、覚えててくれたのかな。
 僕はキッチンに入ると冷蔵庫を開けた。確かに、上の段の奥に白い箱が見える。慎重に引き出すと、箱の上にメモが貼ってあった。

“誕生日おめでとう!出張が重なってごめんね。朝ごはんにでも食べて下さい”

 えらく凝ったしかけだな。僕は箱の横を開けた。中に入っていたのは……

 ──インスタントカップラーメン。

「て、インスタントかい」

 思わず独り言でツッコミをいれた。さんざん勿体ぶっておいてカップ麺とか。いや、好きな銘柄のやつだけど。前フリがあった分、肩透かし感がすごい。
 カップ麺のビニール包装を開けようとひっくり返すと、そこに赤い封筒が貼ってあるのに気がついた。封筒を剥がして、開封する。

“明日、一緒に観に行こう!劇場近くのレストラン予約してあります。
 カップ麺見つけてなーんだってなったとこで、ガッカリから一転、めっちゃ嬉しい!て、いうのを狙ってみた”

 というメモと一緒に、映画の前売り券が二枚入っていた。週末、一緒に観に行くつもりだった映画だ。僕は思わず苦笑した。そして妻にLINEで返事をした。

『あざとすぎw』

 そして少し考えて、もうひとつ文章を打ち込んだ。

『まんまと手のひらで転がされた。めっちゃ嬉しい!こっちに着く正確な時間がわかったら教えて。空港まで迎えに行くから』

 頬を染めた“嬉しくて泣きそう”のキャラクタースタンプが来た。続いて

『ラーメンにごま油か柚子胡椒をちょい足しすると美味しいらしいよ。そろそろ行きます。またね』

 僕は“いってら〜!”のスタンプを送った。既読がつかない。朝から忙しそうだ。


……で、ごま油?ふうん。

 キッチンからごま油と箸を取って来てテーブルに置いた。電気ケトルでお湯を沸かしてカップ麺に注ぐ。そして、ニュースをチラ見しながら、仕事のスケジュールを思い返した。
 三分後、醤油味のカップ麺のフタを注意深く剥がして、ごま油を垂らす。胡麻の香りがぶわっと立ち昇り、匂いを嗅いで腹がぐるると鳴った。たまには朝からカップ麺もいいな……いやここまで想定内なのかも。

「いただきます」

 箸を突っ込んで少しかき混ぜ、麺を持ち上げた。
 胡麻と醤油の香気をまとった湯気が朝の光の中で揺らめいた。


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