大豆の仲間 【#1000字ドラマ】
私は言った。
「絹」
トシは答えた。
「木綿」
ここはスーパーの豆腐コーナーの前だ。付き合い始めて半年経つけど、最近は、些細な事でしょっちゅう喧嘩している。今日の揉めネタは“麻婆豆腐”だ。
「絶対、絹のが美味しいって」
「いや普通は木綿だから」
「うちでは絹で作ってたもん」
「麻婆豆腐の元の作り方んとこ、見てみ? 木綿って書いてあるから」
私はスマホを取り出して、レシピを検索してトシに見せた。
「絹派のレシピ。ほらぁ美味しそうでしょ」
トシは眉間に皺を寄せた。
「あのさあ、こういうのって歩み寄りが大事じゃない?」
私はブスッと「その台詞まんま返す」
「…………」
私たちは豆腐コーナーの前でしばし睨み合った。
こうなったら、木綿を買って他のもの作る?木綿って何ができるっけ。白和えとか?いや絶対、麻婆豆腐がいい。トシもさっきそう言って、何がなんでも麻婆豆腐、そういうお腹になってるのに。もう何で豆腐ごときで揉めなきゃなんないの。やっぱウチら相性悪いのかな。ことごとく合わないもんなあ……。
険悪な雰囲気の中、私たちはお互い目を逸らした。気分は落ち込む一方で、私は豆腐コーナーを見渡した。そこには豆腐の他に、がんもどきや油揚げ、厚揚げと、大豆の加工品が並んでいる。
突然、特売シールが目に飛び込んで来た。
“広告の品 厚揚げ 50円”
私は反射的に厚揚げを手に取って籠に放り込んだ。トシが見咎める。
「なに厚揚げ取ってんだよ」
「いや買うでしょ、この値段」
「はあ? こんなん……」
「もうないわ、残念」
突然、後ろで声がした。見ると、若いカップルが、厚揚げがあった場所を指差している。棚は空っぽになっていた。
二人共おしゃれでキラキラしてて、厚揚げってイメージからは程遠い。彼女の方が油揚げを二枚、籠に入れながら
「大丈夫〜同じ大豆の仲間だもの」
と可愛い声で言い、甘い空気を振りまきながら歩み去っていった。私とトシは視線を籠に戻した。厚揚げが燦然と輝いて見えた。
トシはおもむろにスマホを取り出して操作し、画面を私にかざした。
“麻婆厚揚げの作り方”
「美味そうじゃね」
「うん。普通に美味しそう」
私たちはお互い顔を見合わせた。苦笑が、次第に微笑みに変わってゆく。私は言った。
「……同じ大豆の仲間だしね」
トシはぼそっと「ごめん」といい、私は首を振った。
「お互い様」
トシは厚揚げに目をやった。
「お前もごめん、厚揚げ」
(完/997文字)