赤い靴はいていた女の子【掌編小説】&ひと色展in福岡
「これがいい」
と、小学三年になった娘の美波が、店頭で指差したのは赤い靴だった。色鮮やかでシンプルなスリッポンだ。
購入してすぐ「ここで履いていく」と主張して、真新しい靴で山下公園へと踏み出した。晴れた休日で人は多く、しっかりと手を握った。
海を見つめる少女の像を見つけた彼女は、私の手を引っぱって像のそばに寄ると、つめたく滑らかな表面をそっと撫でる。
「この女の子、美波と同じ歳かな?」
「そうかも。これ『赤い靴はいていた女の子』の像だよ」
「すごーい!私と同じだね」
美波は自分の靴と、像の靴を嬉しそうに見比べると、少女像が見つめる景色に目を向けた。
「海みてるね。お母さんのこと考えてるのかなあ」
「きっとそうだね」
透明なシャボン玉が視界を横切った。すこし離れた場所で、父親に連れられた小さな男の子がシャボン玉を吹いているのが見えた。娘は目を輝かせ、風に乗ってそばに来たシャボン玉に手を触れる。繊細な泡玉は、触れた瞬間にかき消える。私は、少し離れてその様子を眺めながら、赤い靴をはいた女の子の歌の歌詞を思い出した。
“横浜の 埠頭から 汽船に乗って
異人さんに つれられて 行っちゃった”
歌詞ではそうなっているけれども。
女の子は病気になって、船には乗れずに日本に残った、と聞いたことがある。母親から離れ、外国人の養父母からも離れて、ひとり施設で亡くなったと。こんなに幼い子が。寂しかっただろうな、会いたかっただろうな母親に。
さらに、おもう。
もう二度と会えないと分かっていながら、娘を見送る母親の気持ちを。
身を切られるように辛い、という表現があるが、たとえ手足を切り落とすことになったとしても、それで別れずに済むのなら、母親は差し出しただろう。
かつてそういう時代があった。
どれだけたくさんの母と娘、父と息子、恋人や友人が、ここで別れたのか。
どれだけたくさんの涙を吸い込んだのか、この地は。
「お母さんどうしたの?」
いつの間にかそばに来ていた美波が、心配そうに私を見上げ、手を握った。私は少しあわてて笑ってみせた。
「ふふ、美波があんまりかわいいから涙出て来ちゃった」
「えーなにそれ、へんなの」
「ねえ、ぎゅっとしていい?」
「いいよ」
私はかがむと娘を抱きしめて、柔らかな頬にやさしい匂いを嗅いだ。
遠くに去ったと思っていた戦争の暗い影が、また、この国にさし始めている。
そうはさせないと、強く、強くおもう。
(完)
⭐️ こちらの作品は、イシノアサミさんの「ひと色展in福岡」に展示していただいております。
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イシノアサミさんのリアル個展が現在、福岡にて開催されております!
思えばイシノアサミさんとは、背景あんこぼーろさんとのリレー小説「夢みる猫は、しっぽで笑う」(略して「みる猫」)以来のお付き合い。
みる猫はそもそも、あんこ様の「イシノアサミさんのこの絵をイメージのベースにして制作したい」という要望から始まったのでした。
なんかもう、すごく昔のような感覚になっているんですが、実際には数年前のこと。こちらのマガジンにまとめてあります
(このイラストもイシノさん画。小説のヘッダーに使わせていただいてます)↓
その後、イシノアサミさんはnoteきっての人気絵師となり、なかでも、かねてから大評判だったイシノさんのオリジナル企画「いろの子」が、リアル展示会となって登場!なのです。
なんとこの個展。
それぞれの「いろの子」たちのカラーイメージに合わせて書かれた小説のページに、QRコードから飛ぶことができるという!
小説とイラストのコラボ‼️そして小説は、ひとつひとつが別の作者さんの手によるもの。まさにnoter大集合の巻です。
よく見れば額装にもこだわりがあることがわかります。いろの子、ひとりひとりが主役なんですね。
一色のはずの色が、濃淡によって様々な階調と豊かな表情を見せてくれる。カラーインクの鮮やかさも良いけど、水彩絵の具の柔らかくて落ち着いた色調も、私は大好きですね。
この絵をみていたら。水彩絵の具って学校で使ったけどこんな感じにもなるんだ!いいなあ私も久しぶりに描いてみたい!……って、そんな気持ちになる人も多いと思うんですよねえ。
画材の魅力もさることながら、絵はやはり描き手に力があってこそ。
こちらの「いろの子deリアル展示会」企画は2022年4月〜6月、金沢県と石川県でも行われました。いろの子、地方を股にかけるの巻。
(イシノアサミさんは「いろの子展」について、たくさんの記事を、思いを込めてしたためています。絵を描く人、自作品の展覧会やりたいなあと考えている人には参考になることも多いのでは…ぜひ遊びに行ってみて下さい)
ちなみに、そのときに書かせていただいた作品はこちらです↑
(ついでにご紹介🎵)
そして今回は……リレー小説仲間という付き合いの古さ役得で(?)ちょっと特別な感じで書かせていただいて。
光栄だし恐縮だし、やば〜いどうすっっか!みたいな感じですよ。
カラスばっかズルいって声が聞こえてきそうな……だよね……私もnote始めてからの自分の運の良さ、引きの強さがこえーぜって思うときありますよ(笑)
そろそろ魔法の薬の効果がきれるんじゃないかなあ😁
額装は、ほかにあんこ様とchihayaさんと葵さんの4作ございます。
詳しくはこちらの記事をご覧になってください。
そして、chihayaさんのつぶやきによれば、西日本新聞にも取材された、とのこと↓
なんと新聞デビューですか、いろの子&イシノアサミ!
すごいじゃないすか😆やばい、どんどん遠くにいっちゃうよ、僕らのイシノさんが……(心の声)
chihayaさんの、ひと色展へ寄せる思いと、石川県で開催されたギャラリーのレポート記事はこちら。美味しそうな写真がいっぱい。
chihayaさんの娘さんの葵さん。ふてきくんと目が合う記事はこちら。
2023年度の「ひと色展」に寄せられた小説一覧はこちらの記事にて
さて、そんなわけで。
「ひと色展@福岡」は、2023/6/21から6/25まで
久留米市一番街多目的ギャラリーにて絶賛開催中です。お近くの方はお急ぎください!明後日までですよー