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"PLAN75"と"PERFECT DAYS"を足して3で割ったやうな”敵”

<おことわり> ネタバレの可能性大ですので、これからこの映画をご覧になる予定の方はご注意ください。


「渡辺儀助 77 歳。元大学教授で今はリタイアし、妻に先立たれている彼は、朝起きる時間、食事、衣類、使う文房具一つに至るまでを丹念に扱い、預貯金の残高と生活費があと何年持つかを計算し、自分の寿命を知る。」

こんな映画の紹介文を読んでしまっては、私はこの映画を観ないわけにはいかなくなった。

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2年前に"PLAN75"を観て、自分だったらどうするだろうと考えた。そういうことを我が身に引き寄せて考えさせてくれたという意味ではいい映画だったが、ラストシーンがなんだか安直に思えた。


一度は"PLAN75"を利用して自分の人生を終わらせようとした主人公のミチ(78歳)は、最後の最後に思い止まって、人生を終えるはずだった施設のベッドから起き上がり、何かが吹っ切れたような清々しい表情で立ち去っていくシーンで、この映画は終わる。ミチは生きることにしたのだろう。そういうエンディングにするしかなかったのだろう。そうじゃなかったら、あまりにも希望がなくなってしまうから。

でも、私はこの先が知りたかった。このあとミチはどうやって生きていくのだろう。生きていくための具体的な方策を何ひとつ提示せずに、中途半端なハッピーエンド?になっていることにいまひとつ納得できなかった。身寄りがないミチがこの先生きていくには生活保護を受けるしかないが、彼女はそうすることにしたのだろうか。

おそらく、この先は映画を見た人がそれぞれ自分で考えろということなのだろうが、そういう結末はちょっと安直で乱暴だと思う。その答えが簡単には見つけられない時代だからこそ、"PLAN75"なる架空のプロジェクトが生まれたのではなかったの?

自分の老後と重ね合わせて、ミチがこのあとどんな選択をするだろうと思ってあの映画を見た人は多いだろう。多くの人にとって人ごとではないテーマだ。だから、そのうち、また同じようなテーマの映画が作られるような気がしていたら、”敵”という映画が封切られた。この映画は老いと死についてどんなアプローチを見せてくれるのだろうか。

主人公の渡辺儀助は、元大学教授が住むに相応しいような和風建築の古い自宅に住んでいる。朝、目が覚めると顔を洗い、歯を磨き、米を研ぎ、魚を焼いて朝食の用意をする。掃除も洗濯もスーパーでの買い物ももちろん自分でやる。コーヒー豆をガラガラと挽いてコーヒーを淹れてくつろぐ。日々のルーティーンときちんとした生活ぶりはPERFECT DAYSの平山を思い出させる。

渡辺は家にいるときも身ぎれいにしているので、急に客人が来ても慌てることはない。なんなら食事を作って、ワインで客人をもてなすことさえできる。たまに、出版社に勤めているかつての教え子から頼まれて、仏文学に関する原稿を書いたり講演を行ったりすることもある。

こう書くとなんだか元教授が優雅に淡々と余生を送っているようだが、映画を見ていてだんだん気が滅入ってきた。渡辺はかろうじてかつて教授だったというプライドを保っているが、それをいつまでも保つことはできないと自分でもわかっているだろうし、見ているこちらにもそれが伝わってくるからだ。遠くない自分の将来をそんなふうに思い描くのは愉快なことではない。だから見ているこちらも気が滅入ってくるのだ。

渡辺は「預貯金の残高と生活費があと何年持つかを計算し、自分の寿命を知る。」と言っているが諦観しているわけではない。かっこつけているのだと思った。老いて頭もはっきりしなくなり醜くなった自分を他人に晒したくない、というプライドがそう言わせているのだろう。

渡辺は"PLAN75"のミチとは同年代だが、ホテルの清掃員として働いていたミチよりはだいぶゆとりのある生活を送っている。だが、「預貯金の残高と生活費があと何年持つか」という状況なのだから、側から見るほど自由自適でもないことがうかがえる。そして、一度は"PLAN75"で人生を終えようとしたミチと同じように、自分の意思で死ぬときを決めたいと思っていることが伝わってくる。渡辺は遺言もすでに書き終えている。

解雇されて年金以外に収入はなく、おそらく預貯金もあまりないだろうミチには"PLAN75"を選ぶより他に選択肢がなさそうだったが、渡辺はプライドを捨てれば所得を増やすことは可能だった。渡辺より若い知人の男は、講演料を7万とか5万とかに下げれば仕事はもっとくるだろうというが、渡辺は10万円の講演料にこだわる。渡辺の「元大学教授」というプライドを捨てられない悲しさ、弱さが見え隠れするような気がしてしまう。"PLAN75"のミチとどうしても比べてしまうからだろう。

そんな渡辺は一度自死を試みるが、苦しくなって、あるいは怖くなって、あっけなく諦める。Xデーが迫ってきたら、きっとかっこつけることもできなくなってジタバタするのではないか、そんなことを思いながら私は映画の展開を追っていた。決して往生際の悪い渡辺を意地悪な目で見ていたわけではなくて、私もそうなるだろうというある種の共感を持って見ていた。

きちんとした生活を送っていた渡辺だったが、次第に生活が変調をきたす。いつも朝食を作っていたのに、気がつくと朝食がスーパーの菓子パンになり、夕食はカップラーメンになっている。それは加齢のためにいろんなことが面倒になったためなのか、元大学教授のプライドに固執しなくなってきたためなのかはよくわからない。

かつての教え子である女性が訪ねてきて一緒に食事をしたり、その女性に誘惑されかかったり、また、行きつけのバーで知り合った別の若い女性に騙されてお金を取られたり、死んだはずの妻が現れたり。出版社の若い男性編集者の死体を遺棄するために、庭の古い井戸に放り込んだり。。。

観客がなんだかあまりリアルじゃないなと思い始めた頃に、渡辺がハッと目を覚まして、ああ夢だったのか、となるシーンが何度も出てくる。だが、それは本当に夢なのか、白日夢なのか、もしかしたら認知症を発症して現実かどうかわからなくなっているのか、映画を見ている方もだんだんわからなくなってくる。

渡辺が夢を見るシーンも「PERFECT DAYS」の平山を思い出させた。平山の夢はいつも白黒の木漏れ日だった。平山が写真に撮る木漏れ日は美しいのに、なぜか夢の中の木漏れ日は黒くて不吉だった。なんとなく不安にさせる夢という点で、この二つの映画は似ていた。

そして、北から敵がやってくる。パソコン画面に「北から敵がやってくる」という警報テキストが流れ始め、銃声が聞こえ、近所の人が撃たれてあっけなく死ぬ。外国の軍隊が攻めてきたのか、何なのかはわからない。が、これも渡辺の夢か幻想なのだろう。

この映画を見た人たちは、今頃きっと、「敵」とはなんだったのだろうと考えているに違いない。人によって答えはさまざまだろう。私は「敵」とは渡辺の老いや死に対する恐怖の象徴だろうと思った。正体のわからない「敵」は恐ろしいかもしれないが、うまく戦ったり交渉したりすれば危害を加えられずにすむだろうし、戦って勝てるかもしれない。若者が主人公ならそういう展開になるだろう。だが、老いを自覚するとそう前向きには考えられず、逃げてもやすやすと敵の手に落ちてしまうかもしれない。

やがて敵は去り、春になる。渡辺は縁側に腰を下ろしてぼーっとしながら「みんなに会いたいなあ。春になったら会えるかなあ」(セリフはこの通りではなかったかもしれないが、このような内容のこと)と独り言を言う。

次のシーンでは渡辺は死去していて、親戚知人が渡辺の家にに集まって、代理人が渡辺の遺書を読み上げる。

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この映画を見ていると、ときに「PLAN75」が、ときに「PERFECT DAYS」が私の頭をよぎった。この3本の映画の主人公たちは同年代だが、「PERFECT DAYS」の平山の生活は楽しそうだった。過去にはいろいろあった人のようだったが、それも全部受け止めて、人生をポジティブに捉えているように見えた。あの映画を見て平山の生き方に共感したり憧れたりした人は多いだろう。「PLAN75」のミチは一度は「PLAN75」のサービスによる安楽死を考えるが、最後はそれを拒否する強さを見せる。

結局、この3人の中ではいちばん社会的にステータスがあり、裕福で自宅もあり、やろうと思えば仕事もまだできる渡辺がいちばん迫り来る老いや死という「敵」を怖がっていたように見えた。

「敵」は原作が筒井康隆。エンディングロールを見ていたら、プロデューサーは江守徹だった。

映画館は平日の昼間なのに半分以上席が埋まっていた。ほとんどが60代、70代と思われるシニア層。そこに私も含まれる。今まで映画館でこんなにシニアの人たちを見たことはなかった。

自分たちが死ぬときは自分たちの親世代を見送ったときとは違う。家族に見守られて人生を終える人はどんどん減っていくだろう。もはやお手本がないので、死に方は自分で考えておかなければならないということを、この映画を見にきた人たちはみんな本能的に感じているような気がした。




らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

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