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「PLAN75」と「すべてうまくいきますように」

見たいと思ってなかなかチャンスがなかった「PLAN75」をやっと見終えた。予告編などを見て感じた印象は見終わっても変わらなかった。こういうことが起こるかも知れない未来を私自身がどこかで予感していたから、驚きも衝撃もなかったのだろうと思う。

これと前後して、ソフィー・マルソー主演の「すべてうまくいきますように」という、なんだかラブコメディのような軽いタイトルの映画を見てきた。少女の頃すごく可愛らしかったソフィーがどんな素敵な大人の女性になっているか見たかった、というのがこの映画を見ようと思った理由で、映画のテーマ自体への関心は二の次だったが、奇妙な偶然とでも言おうか、「PLAN75」と同じように尊厳死を扱った映画だった。

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高齢になって身寄りもなく、仕事も見つからなくなったとき、私たちにはどういう選択肢が残されているのかという、あまり直視したくないテーマを突きつけてくるのが「PLAN75」だ。「PLAN75」の”サービス”を受けることにした主人公の角谷ミチが、尊厳死を受け入れる直前で死ぬことをやめ、まるで野戦病院のように殺風景な施設のベッドから起き上がり、そこから立ち去っていくところで映画は終わる。

このラストシーンに、主人公は生きることを選択したのだという希望を見出す人もいそうだが、私はそうは受け取らなかった。高齢になって身寄りもなく、仕事も見つからないという状況は変わらないのに、具体的にどんな希望を見出せるのだろうか。もう一度仕事を探して頑張ってみようと思ったのか。それとも、生活保護を受けるのは抵抗があった主人公だけれど、生活保護を受けてでも生きようと思ったのだろうか。最後に、私には、この主人公は具体的にどうやってこの後の人生を生きていくのだろうかという大きな疑問が残った。

映像は終始ブルーグレイの色調で、暗く救いが期待できない感じ。その暖かさが微塵も感じられない色で、製作者は「PLAN75」への批判的メッセージを伝えているような気がした。また、映像ではBGMのように、「PLAN75」の申請を煽るかのように勧めてくるテレビコマーシャルが流れ、「PLAN75」の申請会場に立つ「PLAN75」ののぼりが旗めくシーンも執拗に出てくる。テレビコマーシャルの映像や「PLAN75」ののぼりは見る人の気持ちを圧迫してくる。私にはそののぼりが同調圧力に弱い私たちを嘲っているように見えた。

「どうせ、あなたたちはこういうじわじわくるプレッシャーを跳ね返せないで受け入れるんでしょ」と。

「PLAN75」の申請を勧めるテレビコマーシャルはYouTubeで流れていた、例の感染症ワクチン接種をソフトな口調で勧めるコマーシャルにそっくりだったし、「PLAN75」ののぼりはワクチン接種会場周辺に立てられたのぼりや看板に見えてゾッとした。それも製作者の意図だったのだろうか。

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一方の「すべてうまくいきますように」は、実業家でひと財産築いた高齢の男性(ソフィー・マルソー扮する小説家の父親)が、病気で倒れて体の自由が効かなくなり、絶望して、娘に自分の人生を終わらせたいと相談し、それが実行されるまでを描いたストーリー。この映画は尊厳死を望む父を持つ娘の視点で物語が展開していく。

フランスでは安楽死が法的に認められているが、尊厳死は認められていないので、娘は葛藤しながらも父親の気持ちを理解し、尊厳死が認められているスイスに父親を送り出す準備をする。スイスには尊厳死を望む人に最高のサービスで尊厳死を迎えさせてくれる施設がある。このサービスを利用すれば、良心的なスタッフに行き届いた世話をしてもらい、別荘地の豪華なホテルのような施設で心穏やかに生命を終えることができる。ただし、民間サービスなので、裕福な人じゃないと利用できない。

父親が自分の意思で人生を終え、スタッフから娘にその旨を伝える電話が入り、ソフィー・マルソーが一筋の涙を流すシーンで静かに映画は終わる。

この映画で最も印象に残ったのは、尊厳死を望む父が「(私は財産があるからこの高額な尊厳死のサービスを受けられるが)お金のない人たちはどうするんだろうな」と娘に尋ねるシーン。娘が「ただ死を待つだけよ」と答えると、父は「そうか、哀れだな(ここの字幕はよく覚えていないが、このような内容)」と呟く。尊厳死を強く望む父は、それを望んでも叶えることができない人たちに同情を寄せる。

フランスでは尊厳死は認められていない。スイスでは認められているが民間サービスを利用するしかないので高額で、富裕層しかその恩恵に預かることができない。

だが、そう遠くない未来の日本には「PLAN75」があるかも知れず、そうなったら裕福でなくてもこのサービスを享受することができる。しかも、このサービスに申し込むと国から10万円のご褒美がもらえるという。「すべてうまくいきますように」のソフィー・マルソーの父親は、「日本人はしあわせだな」と呟くに違いない。




らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

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