「もらう」のは、申し訳ないという感覚

先日、Amazon欲しいものリストから
本を贈っていただいた。
ありがたいのだけど、
正直な気持ちは、
「まさかマジでくるとは。
こんなことしてもらっていいのか。
なんか悪い気がする。
早くお礼の記事書かないと」
という、
ザワザワと申し訳なさとか、
なんか自分がずるいとか、
無価値感とか、
自分が弱い立場にあるみたいな感覚とか、
個人的な成功の証明に使いたい願望とか、
いろいろ上がった。
お礼言わないと無礼だよな、とか。

そのおかげで、自分の中にある
信念・価値基準に、
気づくことができた。

「自分で稼いで、買うのが正しい道だ、
人にもらうのは、依存だかは、弱い人間、弱さの証明だ」
「自分の人生が上手くいってない、
何か足りない、劣っている、だから、
これを成功や成果、実績として自分の
価値や正しさの証拠として使いたい」
とか、
「特定の人間の特定の行動に、
自分の幸せが依存している」
とか、
「自分はこういう贈り物をしてもらうにふさわしい良い人間じゃない」
とか。
「お礼を言わないのは無礼で、傲岸不遜だから、
早くお礼言わないと」みたいな焦りとか。

これらが浮上して、偽りであると見抜かれる、
本当にいい機会だった。
ありがたい。

また同じようなのが何度も上がるかもしれないけど、
その度に、偽りだと見抜かれるのは早くなる。

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