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恋愛小説 震える声
わたしは、内縁の夫や内縁の妻という呼び方が嫌い
恋人や彼氏や彼女、っていうのも好きじゃない
あとボーイフレンドとかガールフレンドも
それもいうならセフレもかしら
あと旦那とかハズバンドとかワイフとか
亭主や家内や
夫や妻だって
情夫や情婦だって
間男や妾とかだって
愛人なんかに至ってはセンスも感じられない
それこそ、全部の響きが
わたしの上背部の毛穴をおぞましく開かせる
角栓が粟粒のように立って来て
気色が悪いのと同じような感触がする
わたしが潔癖?
いつの時代のお話かしら
わたしは私生児だけれど
結婚といって夫に恵まれたなら
わたしも人間の枠に入れられて
いまごろ、ふつうの女とやらに
ふつうの母とやらに
おばあちゃんとやらになるのだったかしら
「確かに僕も、それには同感だね。ネーミングではないけど、センスはないと思う。まあ、情婦くらいなら作画にはなるかな」
「妹背ならまだしもかしら。妹背子ってつけちゃうと、なんだか変ね。我が背子とか我が君とか・・大仰でもう笑いそう。我が妹・・わがいも、わぎもこ・・想像したら・・もうわたしダメだわ」
「君みたいなら、とっくの昔に浪漫の史書や文学界から追放されているんじゃないか」
「別にいいわ。きっと朝まで討論出来そうもない、話も気が合わない。つまらない人たちだと思うから」
「無難、とやらだね。体裁は大事だよ」
「たまに雑誌で見かけるでしょ、作家と芸能人のインタビュー対談。作家と作家もあったかしら。きっと記事に載らないオフレコのほうが、盛り上がったでしょうね」
「君、酔ってる?もしかして」
「ミルクティーにブランデー欲しかったの。でもなかった。メニューに紅茶にウィスキーって・・はっきりいってまずいわ。失敗した」
「まだそんな昔のメニュー残していたのか、マスターのやつ。チョコレート×チョコレート頼むかい?口直しに」
「ブランデー入れて?」
「だからどうしたんだ、今日は変だぞ」
「わたしを上にさせて、っていった日も、そう言ったわね」
「・・・・・」
10分後、濃厚なチョコレートドリンクが運ばれてきた
わたしの喉は震えながら、鼻腔に抜ける豊潤な熱い香りと、冷たくダークで甘い液体を夢中で飲み下していた
喉に何かが腫れて邪魔でもしているかのように、やけに大きく喉が鳴る音がした
この人になら、唾を飲み込む音が聞こえてもかまわない
そう、思った
テーブルの下
わたしは両の爪先を、右斜めに揃えて立てていた