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幻想夜話」新怪奇幻想倶楽部②

獣の娘

おれは娘を見つけると、離れた場所(つまりの木の枝から)から観察していた

この娘は羽音に敏感だったはず

たぶん、においにも反応するだろうが、この娘は自分から発している『臭煙』が邪魔して、気づかないはずだ

〈人の子よ。身体も精神も脆い子よ。成人してもしばし、その脆弱さに苦労するだろう。器はひとつだが、部屋は用意されている。器の中身を装おうためにお前はいくつもの部屋に隠れ住まう。まるで衣を替えるように人の皮をすげ替える。むろんまだ自覚がないのだろう〉

娘からは獣のにおいがした

娘のにおいを知っていたのか
娘の獣のにおいに馴染みがあったのか
汗をかき体臭の中にまじる一条の悪臭
そのようなものではない
もともとある『なにか』の
現実にいる獣ではなく、獣の姿を借りた『なにか』の憎悪や狡猾な悪意のそれがする
だから体温や気温の上昇した時にたちのぼる物質的なにおいではない
常に娘にまといつく『なにか』の意思表示
たしかにここにあるぞという、呪いの象徴

おれを、こちらをじっと見て、ほくそ笑んでもいるような・・
娘の周りをゆっくりとまわる
そのたびに煙のようなものがまい上がる
煙はやがて意思を持ったかのように、貝の口から吐き出されるような糸のように活気ついて上下する
それに娘は気がついていないのだ
ほんの時折、一瞬異臭を気にしたようだが、すぐ忘れてしまったようだ
娘をどのように使う算段なのか、よくこいつの正体を見極めねばならない

獣の姿を借りた『なにもの』なのかを

水にある物質と西洋花の香料を混ぜたものが、ちょうど小犬がくるまって眠る布の味がする
おれが実体化する時に感じる犬の臭いの味がそうだ
わざわざ生きている人間の器など拝借しない
絶対壊すから脆いから、元の状態には直せないから、うかつに入ると面倒だ
そんな味のする水だから、おれはまともな人の形には実体化出来なかった
まだ鳥のほうが、断然鳥の姿のほうが便利だった
ただうまく行かない変成なのに、時々あえてするのは、犬のくるまった布の味がする水が気にいっているからだ
なぜだか後をひく

植物の種や実など調合していないが、どうにもつぶつぶした食感すら感じられた
かなりの時間をかけて飲み終えた時には、強力な依存性があらわれていた
そしてやや神通力のある水を使っているため
水は自ら浄化してしまい
それを飲み続けるような欲望は湧かないのだった

そういえば

人にもおれを遠くで観察しているのがいるようだ

その遠くとはこの黒町を含めた、青町と赤町以外の空間にある者だ
おそらく白、というよりもこの世のすべてを享受しながら楽しみたい
それを他と共有してさらに楽しみたい
そのために無の色であろうと修練する者
核心があり娘になにか発することがあるが、強いて応えさせるわけではなく、様子をうかがっているようだ

器は壊せば

さらに大きく強くなる

娘は知ってか知らずか実践していた

娘のなかで何度か死んだたましいが消えたあと
核のようなものを宿していることにおれは気づいた
この娘はほんとうは死にたくなかったようだ
本来は死んでいるのだと『なにか』が教えたために
辛うじて残っていた生き直す気持ちが消えた
病から逃げるためにこの世界を捨てたせいで
娘は天上からも地下からも閉め出された
それはこの国の概念のせいであるのだが
娘をがんじがらめにするだけの威力があった
そして「存在することの難しさ」を、娘はあえて喚びだし、自分に負荷を与え続けた
まさに自らが作った娘の試練と罰だった
娘が聖識学を持つ者たちにいくら尋ねても、彼らが答えられないのは当然だ
娘が尋ねる、娘の使命とは、娘が自分でいくらでも作って選べることなのだ

答えられないのなら偽りを教えてはいけない
口に出せば間違っていても真実になる
そのひとにとって嘘ではなくても
ひとによってしんじるものがちがうのだ
だからすべてがまちがいかといえばそうでもない

ただしいと思うのならばともにゆき
ただしいと思う道を見つければ、道をたがえるのだ

道連れにしてやりたいと思うのか
おれのように娘に興味があるのか
その意味合いもちがうとは思うのだが・・

環境と世相で曇りがちの心眼は、直接視覚から得た情報が何度も繰り返し続くことによって、時の経過とともに過った情報として頭脳で解釈される
似たような情報は自動的に同じものと判断される

だが所詮はまぼろしだ

娘は自分の作り上げたまぼろしに違和感を感じるらしく、娘の自我は逆らい始めた
幻術士たちは『なにか』に操られるように
三つの町を一色の町に変えた
娘の夢の中に入りこんだ『なにか』

娘は従順なようで嫌悪している
娘のからだをおおう柔毛が逆立って来たから
おれはここに来たのだ

だがあきらめの気配もする
波打つ波動が近頃、変わって来た
良くも悪くも
光源の周りを飛んでいるのだから
いつかその火の中に飛び込んで死ぬだろう
それもまた娘の選んだ使命にすぎないが・・

おれは娘に興味をもった

強いていえば娘のいくつかの顔にだ
それにはそれぞれのが宿る
もちろん器は娘ひとり

おれは娘の顔をしらなかった

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