かんばん方式に学ぶ / 環読プロジェクトについての追記 / RSP+本番ファイルの分割
はじめに
ポッドキャスト、配信されております。
◇BC058 『運動の神話 下』 - by 倉下忠憲@rashita2 and goryugo | ブックカタリスト
今回は『運動の神話』の下巻をベースに、どのくらいの運動がよいのか、それを続けるにはどうすればいいのかといったお話をごりゅごさんにしていただきました。
どう考えても運動不足になりがちな職業をしているので、私も運動をしないと気持ちが高まっております。
〜〜〜ChatGPT〜〜〜
3月1日に、ChatGPTのAPIが使えるようになりました。他のツールなどから簡単に利用できるようになった、ということです。
◇「ChatGPT」API化して公開、かなりお安く利用可能。ゲーム・アプリ開発で導入しやすく | AUTOMATON
おそらくですが、これを機にChatGPTの浸透度がもう一段階あがるでしょう。現状はある程度パソコンに精通した人が「便利だ」と言っているだけですが、ここからはさらに一般的な人にも広がっていくと予想されます。
私が見た中では、LINEのチャットボットからChatGPTを使えるようにしたものが一番印象的でした。言うまでもなく、スマートフォンから利用できる点、日本人が日常的に使っているチャットアプリである点が関係しています。「慣れ親しんだもの」というのは認知的に優位であるので、それを媒介として(あるいはインターフェースとして)ChatGPTが利用できるなら、より日常に浸透していくでしょう。
ほんの少し前(二週間くらい前)までは「AIで記事を書く」という話題が盛り上がっており、個人のブログなどでもAIのサポートを使って、みたいな話がありましたが、多くの人が自分のスマートフォンからChatGPTが使えるようになるならば、そうした記事執筆は無用になるでしょう。
なにせ知りたい情報があるならば、検索してブログ記事を見つけ情報を得る、というステップの代わりに、ChatGPTに聞くようになるからです。どうせそのブログ記事もChatGPTのサポートによって作られているならば情報的に違いはありません。露悪的に言えば、そういう記事を書くのは「ピンハネ」しているに過ぎないともいえます。
もちろん、「人間が記事を書く意味はなくなった」みたいなSFチックな話ではありません。たんに「ググッてうつすだけの記事」みたいなものは、もう広告的バリューを出すのが難しくなる、というだけです。
今私たちは当たり前のようにググッているから気がつきませんが、そもそも人間は成長の過程の中で知りたいことがあったら「質問する」という様式を身につけているはずです。その点で言えば、「キーワードでググる」は後から構築された様式に過ぎません。より広く身につけられているのは「誰かに、言葉を通して質問する」という態度なのです。
そうした点を加味して、ChatGPTはデジタル情報との新しいインターフェースだと私は考えているのですが、そこにさらにLINEなどのインターフェースが加わることで、より大きな広がりを見せていくことになるだろうと予想しています。
〜〜〜『パンセ』読了〜〜〜
パスカルの『パンセ』をようやく読了しました。購入したのは2019年4月24日。そこから本当に少しずつ読み進め、途中でかなりの中断があり、しばらく前に再開してからもやっぱり少しずつ読み進めてようやくの読了です。
『パンセ』と言えば、「人間は自然のなかでもっとも弱い一茎の葦にすぎない。だが、それは考える葦である」という文で有名で、私もそれは知っていたのですが、他に何が書かれているのかはぜんぜん知らないままに読み進めていました。
で、前半あたりはまだ興味が持てる内容なのですが、中盤以降から急激にキリスト教に関する話題が多くなり、その分野の知識がまったくない私としてはかなり読みづらさがありました。
しかも、この『パンセ』は断片集なのですが、パスカル自身が意図して書いた断片集ではなく、本のための素材として書き留められた断片をまとめたものであり、そもそも読み物としてのストーリーがまったくありません。重複も多いですし、文脈を想像しないとまったく意味が取れないものが大半です。
その意味で、エンタメ的読書の観点から言えば「つまらない」本になってしまうでしょう。一方で、その時代においてキリスト教や神の存在についてパスカルのような人間がここまで真剣に議論を展開しないといけない状況だったんだな、ということは読んでいて痛切に感じられました。
パスカルは1600年ごろの人間で、ルターによる宗教改革の直後の時代を生きています。別の宗教だけでなく、同じ宗教内での論争が激しく行われていて、"神"や"奇跡"、そして"教会"に対する心理的な基盤も揺らいでいたのでしょう。パスカルの執拗なメモ書きからは、そうした時代的な状況を読み取ることができそうです。
ともあれ、そこまで込み入ったことを知りたいわけでないならば、『パンセ』は頭から終わりまで通読しなくても構わないタイプの本ではあります。『パスカル『パンセ』を楽しむ 名句案内40章』のような概要を提示してくれる本でもおおむね(あくまでおおむねです)の理解はできそうです。
〜〜〜Q〜〜〜
さて、今週のQ(キュー)です。正解のない単なる問いかけなので、頭のウォーミングアップ代わりにでも考えてみてください。
Q. 一日に運動をどれくらいやっておられますか。
では、メルマガ本編をスタートしましょう。今週は「カンバン」についてまとまった記事をお送りします。
「かんばん方式」に学ぶ
かんばん方式をご存知でしょうか。もともとは、トヨタ自動車が採用していた生産管理システムなのですが、それが発展してソフトウェア開発の世界でも用いられるようになっています。英語圏でも Kanban とそのまま日本語名が使われているくらいに一般的です。
今回はこの「かんばん方式」とは何であり、そこにどんな魅力があるのかを学んでみましょう。
■新しい環境と新しい方法
かんばん方式(Kanban)は、デイヴィッド・アンダーソンが2010年ごろにまとめたと言われています。ちなみに、「David J. Anderson」でググると高確率で神経生物学者のデイヴィッドさんがひっかかりますが、その人ではありません。Microsoft のエンジニアだったデイヴィッド・アンダーソンです。
で、そのデイヴィッドさんがこの方法論を提唱したのが2010年という比較的近年だということは注目に値するでしょう。トヨタのカンバン方式とそのベースになるジャスト・イン・タイムは1954年ごろには具体化していたようなので、インスパイアされたにしても時差がひどく大きいものです。
これはおそらく2010年付近からソフトウェア開発の規模が大きくなり、既存のやり方ではうまく対応できない事態が増えてきて、その問題解決として別の領域のやり方が参照された格好なのでしょう。新しい方式の導入(要請)には、新しい環境がある。まずそんなことが言えそうです。
ともあれ、そうした新しい開発スタイルはどのようなものなのかを見ていく前に、まずそもそものトヨタのかんばん方式について確認しておきましょう。「ジャスト・イン・タイム」は知っていても、「かんばん方式」は案外に知られていないかもしれません。
■かんばん方式
かんばん方式のアイデアに影響を与えたと言われているのが「スーパーマーケット」です。えっ、スーパーマーケット? と思われたかもしれません。あの小売り業のどこに「かんばん方式」のヒントになるようなものがあるのだろうか、と。
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