『折りたたみ北京』レビュー
『折りたたみ北京』 現代中国SFアンソロジー
#ケン・リュウ /編
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『紙の動物園』で知られるケン・リュウさん(中国読みで劉宇昆=リウ・ユークン)が編纂・英訳した、気鋭7名の中国作家による13作品+3本のエッセイ+ケン・リュウさんの序文+各作家の紹介文、という、ちょー盛り沢山。詰め込みに詰め込みまくった中国SFのアンソロジーです。
今、中国SFがとってもアツいわけですけど、『紙の動物園』のようにご自身で書くだけでなく、あの劉 慈欣(リウ・ツーシン)作『三体』の英訳など、英語圏へそのアツさを伝えてくれたケン・リュウさん。
そのケン・リュウ訳『三体』でアジア人初のヒューゴー賞長編部門を獲得、さらに本書収録の『折りたたみ北京』もヒューゴー賞ノヴェレット部門も立て続けに受賞という快挙を成し遂げています。
この本はその英語で紹介されたアンソロジーの日本語訳版、というわけです。
そもそもケン・リュウさん(はもともと中国系で小学校のころにアメリカへ移り、うんぬんは以前べつのところで紹介した『紙の動物園』参照)と中国SFの関係は、本書の最初に紹介されている陳 楸帆(チェン・チウファン)さんがケン・リュウさんの英文のホームページにアップされていた小説に感動して中国圏へ紹介し始めたのがきっかけだそうで、それにこたえるようにケン・リュウさんも中国語のSFたちを英語圏へ紹介するようになって……ということが馴れ初めなのだとか。
その後もこのWin-Winなloveい関係は続き、英米SFと中国SFがお互いに影響を与えながら両者ともに盛り上がりまくっているわけですね。(うらやましーW)
と、ゆーわけで、また各短編の一言レビューをざっとしてみることにします。
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『鼠年』
遺伝子操作され「製造」されたペットマウスが異常繁殖して鼠害が拡大している世界。殺鼠部隊に学徒動員された主人公は、同じく動員された友人の死を目の当たりにして、この狂った世界に生き、造られた命を殺していくことに疑問を持ち始める……。
「世界の工場」になってiPhoneなどの生産は行っているのにコア技術を抑えていないという現代中国との類似が面白く、そしておぞましいお話><
『麗江(リージャン)の魚』
陳 楸帆 /著
中原尚哉 /訳
IT企業の働きバチの男は健康診断で心因性の精神機能障害を告げられ、2週間の強制休暇をもらうことに。リハビリテーション施設と化しているリージャンでの休暇が彼に与えるモノとは……?
時間感覚の速遅と経済格差の視点が面白い。
『沙嘴(シャーズイ)の花』
陳 楸帆 /著
中原尚哉 /訳
深圳の海辺村。九龍城のような魔窟に逃げ込んだ男のサイバーで呪術感のある話。陳 楸帆は中国のウイリアム・ギブスンとも言われているそう。ギブスンが描くチバ・シティの空電テレビ色の空のような雰囲気が良い。
『百鬼夜行街』
#夏笳 (シア・ジア)/著
中原尚哉 /訳
観光用に作られた百鬼夜行街で拾われ育てられた少年の話。少年を慈しむ妖怪たちと少年の関係がとってもよい。
『童童(トントン)の夏』
夏 笳 /著
中原尚哉 /訳
これはよいわあ。触覚フィードバック・スーツとテレプレゼンス・ロボットが今よりちょっとだけ進化した(ていうかほぼ今)ころのお話。足を怪我したおじいちゃんが少女の家にやってきて、遠隔ロボットと交流するお話。すき。
『龍馬夜行』
夏 笳 /著
中原尚哉 /訳
中国に送られたフランス製の巨大ロボアートの龍馬。幾星霜ののち、人類が滅びたのちの時代に目覚め、夜、旅をする。フランスのバンドテレシネを思わせる詩的な一品。
『沈黙都市』
#馬伯庸 (マー・ボーヨン)/著
中原尚哉/訳
ディストピア小説の金字塔『1984年』の中国版。特定の国政府へのあからさまな風刺と読まないように注意ってあるけどどうしてもそう読めちゃう。すごい。
『見えない惑星』
#郝景芳 (ハオ・ジンファン)/著
中原尚哉/訳
こんな惑星あんな惑星、宇宙に散らばるいろんな惑星とそこに住む変わった人々について旅人が少女に語る法螺話をそのまま並べたような構成がだんだん移相してくる展開がすてき。星々の法螺的アイデアも面白い。
『折りたたみ北京』
郝 景芳 /著
#大谷真弓 /訳
表題作。物理的に折りたたまれる都市、北京。なぜそんなものができたのかを経済の観点から説明する部分が凄く面白い。変形都市というアイデア一点ばりではなくこうした理屈が物語に深みをあたえているよう。
『コールガール』
#糖匪 (タン・フェイ)/著
大谷真弓/訳
シュールレアルな言葉遊びが面白い。学校から呼び出され、見知らぬ男の車に乗り込む少女が男に与えるものとは……? ミスリードをさそう冒頭はどうしたって引き込まれます。
『蛍火の墓』
#程婧波 (チョン・ジンボー)/著
中原尚哉/訳
火垂るの墓ですか? と思ったら違いました。そして、夏への扉なんていう扉もでてきますがそれもまた違いましたw メタファーが重層的につみかさなり、壮大な宇宙のファンタジーが紡がれます。
『円』
#劉慈欣 /著
中原尚哉/訳
『三体』の中の1エピソードを、円周率に絡めて書き直された再構成版。人間の大軍を使ってコンピュータを作る、というアレです。日本のSFでもそういうのあった気がする。というのはまあよいんですけど、ケン・リュウによる劉 慈欣の紹介文の中で、まだ日本で発売されていない『三体』のラストがネタバレしてるので要注意!!><
『神様の介護係』
劉 慈欣/著
中原尚哉/訳
劉 慈欣さんといえば『三体』のハードSF面ばかりが印象的ですが、こちらはけっこうコミカルなお話。宇宙から大挙してやってきたのは人類を創造した二十億の神様たち。超老人と化した神たちを幼年期の文明の人類は「介護」しなくてはならなくなり、各家庭に一人づつ神様が割り当てられて…というちょっぴりコミカルだけれどシュールでシリアスな問題提起もある、やっぱりめちゃくちゃ上手い作品。
エッセイ
『ありとあらゆる可能性の中で最悪の宇宙と最良の地球:三体と中国SF』
劉 慈欣/著
#鳴庭真人 /訳
『三体』著者の劉 慈欣による『三体』の解説、『三体』はあらゆる可能性の中で最悪の宇宙を描いたという、最良の地球との対比を際立たせたかったから。ここでも『三体』のラストについて言及あるので、ネタバレが嫌な人は読まない方がいいかもー。
『引き裂かれた世代:移行期の文化における中国SF』
陳 楸帆 /著
鳴庭真人/訳
陳 楸帆のデビュー長編『荒潮』にふれつつ、多くの分断された相を持つ中国という国と人々と、そこで生まれる中国SFについてのエッセイ。『荒潮』のあらすじがなかなかおもしろそう。読んで見たいわー(って思ったら和訳でてますね。ポチろっと)
『中国SFを中国たらしめているものは何か?』
夏 笳/著
鳴庭 真人/訳
なかなかむずかしいテーマで語られているエッセイ。ケン・リュウをもってしても簡単には説明できないと言っている今の中国のSF界隈を、その成り立ちから含めてうまく説明してくれている。(けれどもちろんこれがすべてではない)
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ぜえぜえ。いやあ、ほんと盛沢山です。それにそれぞれがもう一級品! たいていアンソロジーとかはイマイチな話が紛れ込んでいるもんなんですが、どれもこれもほんとにスゴイ。面白いし興味深いし、よくまとまってるし勢いもあるお話たち。よいですねえ。
ほんと、いま中国は経済成長もすごいし、そうして豊かになった分SFという文化が花開いているようです。(実際、国家戦略的にSFに「推し」がはいっているそう。いいなあ)
長年抑圧されていた文化的な反動なのか、大陸の歴史や文化の蓄積のなせる業なのか、やっぱり簡単には説明できないところですが、こうしたSFが「中国の夢(チャイニーズ・ドリーム)」として認められているわけですね。(やっぱいいなあw)
個人的には、女性作家がたくさんおられることがとっても嬉しくうらやましいかんじです。この本の7人の作家のなかで実に半分以上の4名のかたが女性作家なんですよ。どなたが女性かわかりますか?w (シア・ジアさんなんてとってもすてきなペンネームですねー♡)
英米のSF界でも女性作家は男性名で出さないと売れなかった時代が長かったというのに、中国発の(英語で紹介された最初のアンソロジーの)作家の半分以上が女性作家の作品っていうのは、まさに今っぽい、新時代・新世紀のSFアンソロジーを象徴しているかんじです。
アメリカSF界から見たらこんにちの中国大陸こそ、新たに発見された新大陸なのかも、しれませんね。