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『一九八四』レビュー

表紙(オビ付き)

『一九八四』

ジョージ・オーウェル著 / 山形浩生訳 / つくみず画

言わずと知れたジョージ・オーウェルによるディストピア小説。

かのアップル社の1984年のCMを筆頭に、さまざまなメディアやシーンで全体主義の代名詞として言及&オマージュされている偉大な作品です。
特徴的なビッグ・ブラザー(B-B)というモチーフは、そのまま監視社会のアイコンとしても利用されているのはご存じの通り。

実は、わたくしもご幼少のころに(おそらく)旧訳版をチラ読みして、あまりなディストピアっぷりに拒絶反応をおこしてしまったようで、第一部なかばで読み進むのをあきらめていた本なのでした。
「これなら同じオーウェルの『動物農場』でいいじゃん。教科書にも載ってたし言ってることたいして変わらなそうだしぃー」なんて自分に言い訳していた覚えがありますw
(ちなみにハヤカワepi文庫〔新訳版〕あとがきによると、英国本国でも(実際には読んでないのに)『読んだふり本』の第一位が本書だとのこと。まあそうよねえというかんじw 閑話休題)

なにやら、前回トランプ氏が大統領になったあたりでこの本が再評価されたようで、英米はもちろん日本でも再販されたり新訳されたりしていたなぁなんて思っていましたら、今回、なんと山形浩生氏による新訳・愛蔵版として星海社からリリースとのこと。

オビ無し表紙

見ての通り、今までにないデザイン。アラビア数字ではなく漢数字で大きく『一九八四』とあり、オビありだと完全にモノトーン。オビを外せば裏に隠されているのは、多少は色づきますがそれでもどんよりとした庶民の苦しい暮らしを彷彿とさせる近景、対照的に奥に大きくそびえたつ白いピラミッド風の建造物……。という印象に残る表紙です。どれどれってよく見てみれば『少女終末旅行』のつくみず氏によるカバーアート&挿絵なのでした。まさにイマドキのディストピアを飾るのにぴったりの方です。

この、イマドキっぽい雰囲気のビジュアルに惹かれ、作中で描かれている1984年から40年後にあたる今、あらためて(ようやく)読んでみました。
すると、なんとまあリアルな「今」の世界じゃんこれ! 再評価どころじゃないよ! と驚き、昔は読み切れなかった社会構造なんかもひしひしと感じさせてくれて、うっわ! 怖っわ! と涙目になりながら(そして今の世界・社会のリアルをビリビリ感じながら)ぐいぐい引き込まれてしまいました。

ちなみに、表紙に描かれた謎のピラミッドは、主な舞台となるオセアニアはロンドンにある「真実省」の建物です。
真実省? なにやらへんてこな名前ですが、ここは真実と称してまったくの嘘を発信する省庁なのです。そういわれると「なんじゃそれ?」となりますけれど、「真実省」から発信されると、どんな嘘でもそれが真実となります。
魔法でもなんでもなく、本当に、それが真実となるのです。

英国社会主義ー>英社主義(イングソック)であるオセアニアの出版物や放送は、新聞も雑誌も(盗聴器でもあり)双方向の送受信機であるテレスクリーン番組も、すべてこの「真実省」から発行・放送されます。
世界の三分の一を占めているオセアニアは、残り三分の二に陣取る、イースタシアとユーラシアの両陣営と常に(どちらかとは同盟したり)戦争状態にあるため、真実省の戦果発表は、そう、いわゆる大本営発表というやつで、戦時下の日本と同じで民衆にとってそれ以外の情報ソースが無ければどんな発表でもそれが真実になる。というわけです。

主人公のウィンストン・スミスはこの真実省に務めており、日々、過去の出版物の改訂作業に明け暮れています。
過去に発表されて、当時は真実だった情報も、今の情勢からみて不適切になってしまった場合、それは真実ではないので、当然、書き換えなくてはならなくなり、雑誌や新聞のバックナンバーもすべて、正しい情報へ書き直され、正しくない旧誌面は破棄され、新たに印刷しなおした正しい情報のものにリプレイスされます。
考えるだに膨大な作業で、こんなことできっこないと昔読んだときには思っちゃったりしたものなのですが……。今ならこれ、できちゃいそうですよね。。特に今やデジタル先進国となって国中に監視カメラがある金盾のむこうの大国なんかだと……。

さて、ウィンストンはこうした情報の改ざん作業に熟達していて、たまに大きめの、難しい仕事が割り振られます。
ある日受け取った指令は、過去にビッグ・ブラザーから勲章まで受け取ったというある人物が、「不人」(存在しない人)となり、かつ「二重プラス非好」(とてもとても好ましからざる人物)カテゴリーに変更され、ビッグ・ブラザーが彼について褒めた演説記事を「全面改訂」せよ。という内容でした。
単に記事を削除するだけでは紙面にその記事分の穴が開いてしまいます。ビッグ・ブラザーの演説の意味合いを逆転させる程度の加工でも不十分であると考えたウィンストンは、まるっきり存在しない架空の同志オギルヴィなる人物を創作し、ビッグ・ブラザーが彼の生涯を称えた演説をした。として記事をねつ造するという、精妙な操作をすることにしました。
過去の事実を書き換えて、別の出来事を「真実」としてしまう、ウィンストンはそんな自分の仕事について、それでいいのかと苦悩しながらも、こうしたねつ造作業をプロ意識と、ある種の熱意をもって遂行していきます。

一時間前は想像もしたことのなかった同志オギルヴィは、いまや事実となった。死人は創れるのに生者は創れないというのは、ちょっと不思議な気がした。現在には存在したことのなかった同志オギルヴィは、いまや過去に存在し、ひとたび偽造作業が忘れ去られれば、彼はシャルルマーニュやユリウス・カエサルと同じくらい権威をもって、同じ証拠に基づいて、実在したことになるのだ。

本文より

これ、ようするにフェイク・ニュースですよね。
でも、「真実省」が発表することによって、フェイク・ニュースはファクトとなるわけです。
たとえ、過去に発表されていた情報を偶然見聞きして覚えていた人が居たとしても、いま現在に発表されたことを真実として受け取り、自分の記憶よりも信用します。なぜなら、ビッグ・ブラザーは常に真実しか語らない。それが絶対の真理なのですから……。

今の言葉でいえばフェイク・ニュース・ライターであるウィンストンは、こうした偽造行為を苦悩しつつもなんだか楽しんでいる風でもあります。自分だけが知っている真実、自分の書いたフェイク記事が真実になるというのはある種の万能感なのでしょう。
しかし、こうした偽造は常に行われ、多数のライターにより何度も何度も記事は改訂されつづけていくわけです。
(なんだか今のSNSを見ているような……><)

ある日正しかった情報は、翌日には不正となり、それを正しいと言うものは粛清されて存在しない不人になってしまう……。そしてまたその次の日には真実がまたひっくりかえることもある。
とてつもない恐怖です。
もう何も信用などできないけれど、何かは信用しなくては生きていけない。信じられるものはそう、絶対に正しいビッグ・ブラザーだけなのですね。

さて、真実省の外壁には大きく

戦争は平和
自由は隷属
無知は力

という、自己矛盾しあった3つのスローガンが掲げられています。
この矛盾を理解するのは、「二重思考」という、相反する事柄をどちらも真実であると心から信じて考えるという思考法が必要で(ウィンストンの仕事に対する考えもこれに含まれるのですが)、党員たちはすべからくこの思考法を体得しています。
そんな無茶なと最初は思っていたのですが、ご心配なく。読者もこの本を読み進めるうちに問題なくこの二重思考を身につけられるはずです :)

いやほんと、まじです。というか、現代人もじつは普通にやっているのです。

ハヤカワepi文庫版掲載のトマス・ピンチョンによる解説(本書の山形氏による訳者あとがきには2003年版の序文として同じ文章の冒頭を引用されているので、どうやらペンギン版の2003年の序文をハヤカワepi版では解説としている模様?)では、現代の政治家には必須の能力であり、普通の現代人でも実際こうした思考法をしている。的なことが書かれています。

<二重思考>はオセアニアを統治する各省の名称の背後でも作用している。平和省は戦争を遂行し、真理省は嘘を吐き、愛情省は党の脅威になりそうな人物を片っ端から拷問し殺していく。(らせん注:こういう名前の省が実際でてきます)もしこれが馬鹿馬鹿しいほど異常に思われるなら、現在のアメリカ合衆国に目を向けて欲しい。戦争を造りだす装置が”国防省”と呼ばれていることを疑問に思っている人はほとんどいない。

トマス・ピンチョンによる解説より

た、たしかに……。日本人的には本音と建て前といったところかなというかんじですが、このどちらも本音として考えていかなきゃいけないってことですかね……。

なんだか、小説のはずの『1984』の世界が現実を侵蝕しているような、この世界を描いているような不気味な感覚が忍び寄り、背すじがゾクゾクしてきます><

さらに、党でありビッグ・ブラザーの意思に反抗する逆賊や敵国を強烈に弾劾する憎悪の祭り、「二分間憎悪」や「憎悪週間」によって党員の心を一つにする手法であるとか……。
(お祭りにしちゃっているところが巧妙ですね。今でいうヘイト・スピーチに近い物を感じます。実際、カドカワ文庫2021年版ではこの憎悪を「ヘイト」と訳していました><)

「ニュースピーク」という破壊された言語を公用語とするとか……。
(これは極端に短縮したり政治的に不適切だったりする言葉を刈り取ってしまった英語で、この言葉で思考する人は、「政治的に不適切な思考をそもそもできない」という状態になる。ウィンストンへの指示書にあった「二重プラス非好」であるとか、英社主義(イングソック)という短縮語もこのニュースピーク。対して昔ながらの普通の英語はオールドスピークとされて非推奨であり廃止予定)

すべてのご家庭へ浸透している一家に一台状態の監視装置であるテレスクリーン、そこら中に貼られ、常にこちらへ目を向けてくる、(いや、目を向けてくれる)「ビッグ・ブラザーは見ている」ポスター。

などなど……。

小説に描かれる様々なガジェットや事柄が、読者の<二重思考>によって現代の事物に重なって思え、なんだか現実がこの1984世界を元にしているような気がしてきます。

本書の訳者の山形浩生さんによるあとがきでも

ネットを中心に政府の規制や検閲に反対する電子フロンティア財団(EFF)のTシャツには「一九八四はマニュアルではありません」というものがあるが、まさに現実の方が『一九八四』を参考にしているようにすら思えてしまうほどだ。

山形浩生氏による本書あとがきより


なんて書かれています。(なにそのTシャツほしいw)

みつけた。これですねw

本当にリアルな「今」の世界を描いているんじゃないのこれ? と思えてくる、とても恐ろしい本でした。
こんな洞察を、今から75年前(1984年が執筆されたのはさらにその35年前とのこと、本書の初刊行は1949年!)4分の3世紀前に書いたジョージ・オーウェルのすごさ、あらためて感じいりました。すげえ。

『動物農場』も良いですが、こっちこそ教科書に載せてほしい傑作とおもいます(ああでも抜粋や省略してほしくないなあ)。

そして、できれば、国のかじ取りをするという世の政治家議員さんたち全員にぜひ(ちび子だった私と違いちゃんと最後まで)読んでほしいものです><
でもってその感想文を選挙の前に公示してくれたら、誰を選んだら良いかわからない状態にならなくて良いとおもうのですが。。どんなものでしょうねぇ?w
(そういえば、またトランプさん大統領になるんですって? まじ?)

小説としての読みどころはまだまだあり、2章以降のある種の疾走感や捕遺『ニュースピークの原理』(必読!)なんかについても語りたいところではありますが、長くなってしまったので今日はこのへんで。

とにかく、今さら、ではなく、今こそ読むべき傑作です。この星海社版『一九八四』がおすすめですが、他社から出ている文庫版や電子書籍(中には0円で読めるものもありました)などでも。図書館利用でも良いので、ぜひぜひ読んで見てください。なにかしら感じるものがあるはずです。
この恐怖をぜひ一緒に味わいましょう(ぉぃ)




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