ボクが明日死んだら
昨日は、ものすごく疲れた一日だった。
急に仕事が入ったり…………。
毎日noteを続けていくのは、本当に大変だ。
何も書くものが無いときもあるし、
書きたくないときも、もちろんある。
それに、かなり…………
時間が、かかる
やめるのは、簡単だ。
今すぐにでも、やめることはできる。
そして、やめたところで誰に何かを言われるわけでもない。
だから、ホントに自分自身のために書いてる。
生きていて、フッと思うときがあるんだ。
ボクは、明日にはいないかもしれない
と。
ボクの仕事は、ふつうの仕事ではなく、危険な場所に行くことも、多々ある。
(急に呼び出されたりね)
今、この記事を読んでくれているそこの優しいダンディな男性や、髪の長い女性の方も、
明日は、当たり前にいつもの日常がくると思っているかもしれない。
けど、明日生きている保証はどこにもない。
だから、ボクもいつこの世からいなくなるかは、分からない。
だから、もしかしたらこの記事が最後になる可能性だって、ゼロじゃない。
その時、ボクがいなくなって、
悲しんでくれる人は何人いるのだろう?
ボクが生きていた証を残したい。
例えば、急に交通事故に遭ったりして、記憶を、失うこともゼロじゃない。
ボクがどういう人間なのか?
それを、忘れないためというのもある。
そして、何も考えずに書きながら考えをまとめたり、自分自身をみつめてるのもあるのかもしれない。
そういう思いもあって、このnoteは続けてる。
妻は、ボクがこのnoteを書いていることは当然しらないだろうし、ボクが明日も生きていてくれると当然思っている。
昨日は久々に妻が子供と一緒に来てくれたのだが(ボクは今、単身赴任しているため)、ボクの仕事のため、会うことができなかった。
このまま、会えずに死んでしまったら後悔しかない。
一日一日を大切に生きよう
今はそう感じてる。
けど、
「ボクなんて、生きている意味なんてあるんだろうか?」
「ボクがいなくなっても、何も変わらない」
っていう、矛盾した思いが湧いてくることもある。
けど、今は
生きたい
愛する妻と子供のために。
今は子供を胸にいっぱい、抱きしめたい。
その気持ちに溢れてる。