或る友人について思うこと(上・協定編/2,813字)
僕にはかれこれ20年くらいの付き合いの友人がいる。
彼女は友人として大切な存在であり、なおかつ僕が音楽をやる上での重要なパートナーだ。
こんな書き出しで対象の呼称を「彼女」とすると、(じゃあいわゆる大人の関係もあるのか?)と勘繰る方もおられようが、これが見事なまでに微塵もない。
当記事で登場する「彼女」とは恋仲にある人物を指す単語ではなく、主に女性を表す三人称単数の代名詞である。
額面通りの友人であり、この先読み進めても、画面を裏返しても逆さにしても、色気のある展開は登場しないことはお約束する。
無論、バターやベンジンを画面に塗り付けても透けて見えては来ない。
彼女について書き始めると思いのほか長い文章になったので、上・中・下の3部構成で公開する。
皆様の知らない、恐らく今後も会うことはない人物の話ではあるが、一人のnoterの回顧録を読むような気持ちで捉えて頂ければ、それもまた一興だろう。
尚、公開にあたり当の本人には下書きを見せ、許可は得ている。
恐らく、この文章自体も改めて読んでいることと思う。
上述の通り、僕と彼女は額面通りの友人関係である。
共通の知り合いであるボーカリストの依頼でバックバンドとして同じステージに立ったことが出会いのきっかけではあるが、本稿で取り立てて語るべきエピソードは無い。
お互いに恋愛対象ではない、もしくはこの20年、たいていの時期においてそれぞれに恋人なり配偶者なりが存在しているのが「友人関係を維持している理由」として挙げられるが、10年ほど前に交わしたとある協定が、その要因の中で最大のものかもしれない。
「どんなことがあってもセックスしない協定」
僕の書く文章にはなかなか登場しないカテゴリの単語が含まれるが、読んで字の如く。
たとえ酔っ払おうとも、いっときの気の迷いが生じたとしても、とにかくそれだけは避けるという趣旨のものだ。
酒を飲みながらどちらからともなくそんな約束を交わしたのだが、いまだに話題に上る程度には強固な協定である。
「男女の友情は成立するか」という永遠に結論の出ない、不毛ともいえる議論がしばしば交わされるが、こればかりは人による、もしくはその人達によるだろうと僕は考えている。
誤解を恐れず言えば、人間同士が物理的に肉体関係を結ぶだけなら相手は誰であろうと可能だろう。
お互いがイエスと言えば成立するし、いずれかがノーであれば縁がなかったに過ぎないということになる。
しかし音楽上のパートナーというのは、音楽性や価値観含め替えが効かない場合が多い。
ギタリスト、ピアニスト、ベーシスト、ボーカリスト、ドラマー等々、世の中にプレイヤーと呼ばれる人種はごまんといるが、パートナーとしてフィットする存在と出会える確率は極めて低い。
技量とは別次元の〈相性〉というものは少なからず存在する。
何かしらの諍いや言い争いの末に仲違いをしてしまえば、その貴重な存在を失う可能性はとても大きい。
ジャンルや職種、関係性を問わずこういったケースは多々あるものだが、こと音楽の世界では、相性というものは重要なファクターだと僕は思っている。
僕は彼女の音楽性を尊敬しているし、彼女も僕のプレイスタイルを気に入ってくれている(と思っているし、そうであって欲しいと思う)。
集団内に男女が入り混じっている場合、その中で発生する色恋沙汰をきっかけとして内部崩壊するバンドは、縄文時代から後を絶たないと聞く。
実際に僕も、崩壊するケースを自身のバンド内外問わず何度もこの目で見てきた。
「身内に手を出さない」
これが、僕が誰かと共に音楽をやる上での鉄則だと思っている。
チケットの販売枚数よりも、ギターの反復練習よりも、発声練習よりも、だ。
このあたりの共通認識があり、上述の奇妙な協定が締結された。
僕と彼女においては2023年現在、「男女の友情」の成立は約20年間維持されている。
この数年、サシ飲みをする機会がいちばん多いのが彼女である。
音楽的な意味でも、友人として気が合うという意味でも、僕はこの関係性を大切にしている。
しょっちゅう一緒に酒を飲んでいれば、恋愛沙汰がトークテーマになる機会も自然と増えるものだ。
彼女が独り身であった数年前、やはり一緒に酒を飲んでいた時のこと。
つい最近、「婚活パーティー」に参加したという。
参加者の男性とLINEを交換した、とか、その人物は公務員である、とか、何を話した、とか。
当時独身の僕としてはそのパーティの存在や概念自体には興味があったが、「ほうほう、そんな催しがあるのね」程度のリアクションしかしなかったように思う。
ホヤの次に合コンが苦手な人種である僕にとって、今後自分が参加する可能性は極めて低く、「地獄みたいな場所だな」というのが率直な感想だった。
数日後の朝、彼女からSOSの連絡が入る。
こちらの返答を待たずに立て続けに連投する始末。
状況説明として要領を得ない上に文脈も支離滅裂だが、友人が「助けて」と言っている以上は助けないわけにはいかない。
彼女の訴えを要約するならば、こうだ。
・婚活パーティーで連絡先を交換した相手と食事をすることになった
・予定が決まった後に何を血迷ったのか、自撮り写真が送られてきた
・写真の中の彼は、選挙ポスターよろしく笑顔でガッツポーズを決めている
・「上腕二頭筋を鍛えました!」の文言と共にピチピチの白タンクトップ姿
・このノリはちょっとしんどすぎる
僕も実際に画像を確認したが、これにはドン引きした。
無論、文言も含めてドン引きした。
結局僕がゴーストライターとなり、彼女のスマホを中継して何度もラリーを繰り返し、無事駆逐し事なきを得るという結果に終わった。
筋肉を鍛え上げること自体は素晴らしい行為だとは思うが、それを断りもなく異性に見せつけるとなると話は別なのだ。
人には趣味嗜好というものがある。
上腕二頭筋男よ、すまない。
今まさに逃げんとする釣れかけの魚を、必死に網ですくい上げようともがいていた君の相手は僕だ。
だが、こちらの気持ちも察してくれ。
「僕の友人がドン引きするという想定を怠り、上腕二頭筋写真をドヤ顔で送りつけてくるようなデリカシーの無い奴が相手」と認識した状態で、女性的な視点で返信文を考えるのは僕だって精神的にきつかったさ。
全てが完了し、下記のLINEが彼女から届く。
『道とん堀』のお好み焼きで勘弁してやった。
2016年、夏の出来事だった。
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