或る友人について思うこと(中・代行編/2,842字※序文除く)
第一話である「上・協定編」には多くのコメントを頂いた。
この場で御礼申し上げます。
「概して女性は」「これだから男性は」と主語を大きくして表現すべきではないが、やはり「男は阿呆」といって差し支えはないだろう。
あれだけ「色気のある展開は無い」と明記しても、主として男性読者からは色めきだっている様子が伺えた(それはそれで面白いのだが)。
登場する本人もコメント含め読んでいるし、そんな出来事が本当にあれば、インターネット上に自らデジタルタトゥーを彫り込むことを、僕はしない。
そんなことをすれば、何かしらの裁判にかけられた時に僕が不利になるのは必至だからだ。
何かあれば、裏でこそこそと進める。
僕はそういう人間である。
対して、女性の方からは「鰻おごれ」「はらこ飯食べさせろ」といった声も上がった。
全くもってけしからん。
が、致し方ない。
そこまでおっしゃるならば行きましょうか。
野郎共に充てる予算は持ち合わせていないのでその辺の草でも食わせておくしかないのだが、女性陣からのお声掛けとあらばお断りする理由など微塵もあるはずがない。
その食事代など、娘のフォローアップミルクを薄目に作ってでも、闇金に手を出してでも捻出する覚悟くらいは持ち合わせている。
何とでも言うがいい、僕はそういう人間である。
色めき立って何が悪い。
そんな発言をすれば「友人である女性」を主題とした当記事の本質がブレるので戯言はこの辺りにする。
20年来の友人である彼女の話の続きを書こうと思う。
未読の方がいらっしゃれば、前編はこちらから↓
彼女は決して、恋愛経験が少ないほうではない。
しかし、その進め方がひどく不器用に感じられる場面が往々にしてある。
僕が知る約20年の間にも、彼女はいくつかの恋を始めては終止符を打ってきた。
しかし、その期間を通して、絶えず心惹かれるたった一人の存在が彼女にはいた。
(しつこいようだが、この対象は僕ではない)
いくつかの恋を「枝葉」とするならば、その存在はいわば縦軸、「幹」のようなものなのだろう。
上腕二頭筋男に関していえば、枝葉の先で羽根を休めるテントウムシにすらなれなかったわけだが。
今年の8月、初めて入った居酒屋でのこと。
L字型カウンター席の端で横並びになり、ビールを注文する。
L字の短辺は4席程度。
僕達2人のみが座っている。
長辺の中腹には、1人の女性客が刺身を食べながら日本酒の入った徳利を傾けている。
その背中側のテーブル席では2、3組のサラリーマンらしきグループが談笑していた。
ちょうど心地よい程度に騒がしい店内で僕達も酒が進み、3杯目に差し掛かった頃だろうか。
物珍しさで注文したアスパラガスの浅漬けを噛みしめながら、俯き加減の彼女が自嘲気味に言う。
「わたし、キモい事をした。」
何がどうキモいのか。
詳細を問うと、彼女はポツポツと、もごもごと、しかし端的につぶやいた。
上述の「幹」の彼に、彼の名前を刻印したボールペンを宅配便で贈ったという。
多少不可解ではあるが、今のところそこまではキモくない。
僕は一応の相槌である「別にキモくないんじゃない?」を打つ。
さらに彼女が続ける。
次のようなメッセージを便箋に書き綴り、同封したという。
なるほど。
たしかにちゃんと、しっかりめにキモい。
キモいというより、消化不良で胃が捻じれそうな感覚に襲われる。
ビールのアテに唐揚げ100個を食べたりはしていないはずなので、彼女の発言が原因なのは言うまでもないだろう。
帰りがけに見た伝票にも、やはり唐揚げ100個の文字列は無かった。
家に帰ったらパンシロンでも服用しよう。
おそらく、読者諸氏は思うことだろう。
「じゃあ会った時に言えよ!」
「というか、書けよ!」
「いま言わないなら、書くなよ!」
少なくとも、僕はそう思った。
そして、名前入りのボールペン、以前から彼が欲しがっていた希少価値のある入手困難な…などというものではなく、本当に大した意味は無いという。
いわば、思わせぶりだが歯切れの悪いメッセージを送る為の口実、緩衝材代わりというところだろう。
口実にも緩衝材になっていないのは言うまでもない。
唐突にボールペンが送られてきたことに困惑したのか、宅配便の追跡ページが「配送完了」を告げても、即座の音沙汰はなかったという。
何日か経ったある日、彼からはLINEでお礼のメッセージが届いた。
「大切に使うね、ありがとう」のあとに、「言いたかったことって、何?」を添えて。
そりゃそう言うだろう。
気になって仕方ないはずだ。
彼女のスマホを奪い取ってやり取りを確認すると、この期に及んで彼女は「LINEだと上手く書けないから、今度会った時に言うよ」と返していた。
こうなると彼女は、ただのモヤモヤ製造マシンである。
モヤモヤを製造すべく謎の名入れボールペンを贈り、予定通り発生したモヤモヤにより彼は「今度会った時に」の禁を破り質問をする。
それに対し彼女が「今度会った時に言うよ」とモヤモヤとした返信をする。
2度目となる「今度会った時に言うよ」に対しての彼からの返信は無く、ここで彼女も気付いたという。
自分自身がモヤモヤ製造マシンと化していたことに。
この一連の流れを経て、自身を「キモい」と評し、僕にボールをぶん投げてきた格好だ。
アスパラガスの浅漬けを齧りながら。
モヤモヤとぶん投げられたボールをモヤモヤとキャッチし、僕がモヤモヤと投げ返したボールはこうだ。
「お互い英語と日本語が完璧でもないのに、『LINEだと上手く書けない』は辻褄が合わん。リアルタイムで対面で話すより、コピペできる文字列をネットか何かで翻訳した方がよっぽど正確に伝わるんじゃないの?」
そう。
その彼はイギリス人であり、宅配便というのは国際郵便を指していた。
出会いの経緯は省くが、お互いの意思疎通を正確に口頭で行なうことが2023年現在、自由自在という訳ではないのだ。
もちろん、言葉が通じないながらも対面で話した方が良いこともあるのは承知している。
しかし、相手の繰る言語が堪能ではない者同士にとって、言葉の壁というものは思った以上に高い。
住む国も違うため、会うことも頻繁という訳にはいかない相手。
彼女自身、この恋が成就する可能性は高くないと踏んでいるようだ。
いい加減、この十数年の気持ちに区切りを付けたいという。
僕はデュワーズハイボールを飲みながら、まずは「LINEだと上手く書けないから、今度会った時に言うよ」を撤回すべく、次の文言を彼女に伝える。
「よくよく考えたら、わたし英語が完璧じゃなかった!やっぱりLINEで送っていいかな?」
7年ぶり2回目、ゴーストライター再臨の瞬間である。
本来、回りくどく「送っていいかな?」などと許可を取る必要もないのだが、僕としては相手の出方や温度感を見たかった部分があるのだ。
約48時間にわたる未読無視を経て、「Yes, of course.」とのシンプルな回答を得た。
Of courseが届いた翌日の夕方。
本編たるメッセージの下書きを事前にこちらへ提出せよとの申し入れに、彼女は「好きでした」「でもそれを伝えたら友達ですらなくなってしまう」「辛い」「悲しい」といったフレーズが贅沢に盛り込まれた文章を僕に送ってきた。
自分の気持ちを区切る目的で、実現可能性の低い片想いに終止符を打つには、あまりにも悲しく、重量感に満ちた文字列だった。
何より、送られた彼も返信に困ることだろう。
彼女は僕より一つ上の年齢だが、その実、告白下手の高校生のようだった。
「伝えることでどうなりたい?彼の気持ちや反応を知ることに重きを置くのか、伝えられればそれで区切りを付けられるのか。それによって文章の仕上げ方は変わってくる。いまの言葉じゃ着地方法も着地点も見えない。」
改めて彼女の意向を確認すべく、僕からそんな感じのメッセージを送る。
「『怖っ。一生こいつには連絡しないぞ!』みたいなのは避けたい。『そうかそうか、君はオイラのことが好きなのか。日本に行くときはまた会ってもいいかな』が理想の着地点。」
それが彼女の希望だった。
思うところは色々とあったが、いい歳の大人が決めたことなので僕からの是非には及ばない。
彼女が腹を切ると言っている以上、僕は首をはねて介錯をするまで。
しかしながら介錯人として刀を振り上げるのは現実的ではないし法に抵触する恐れがあるため、僕は画面に向かい、彼女の心情の文章化を代行すべく、キーボードを打ち始めた。
最終回、こちらに続きます↓
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