ハチミツとクローバーとオッサンについて思うこと
初めて『ハチミツとクローバー』を読んだのは、2005年くらいだろうか。
羽海野チカ さん作の『ハチミツとクローバー(以下、略称「ハチクロ」)という』は、いわゆる少女漫画だ。
「『いわゆる少女漫画』をオッサンが読まないで!」などと、どうか言わないで欲しい。
オッサンが読んだっていいじゃないか、という意味合いではない。
是非とも小学校で習った「引き算」という技術を使って考えて頂きたい。
あまり知られてはいないことだが、40歳のオッサンは2005年当時、特にオッサンではないのだ。
見てくれが多少オッサンだったことを強く否定はしないが、当時は僕だって紛れもなく若者である。
(この件については過去記事でダラダラと書き殴っているので暇過ぎてどうしようもない方はご一読を)
というか、別にオッサンが何を読もうと勝手だろう。
うるさい、ほっといてくれ。
とあるきっかけがあり、最近久々にアニメ版のハチクロを観ている。
数年ごとに無性に観たくなる時期が来るので、これまで何度も何度も見返してきた。
一定の時間をおいて鑑賞して毎回思うことは、観ている自分の視点がその都度変わる作品だということ。
最初に観た(読んだ)頃は大学に通う主人公に自己投影をしていたが、社会人になってからは前述の人物の先輩(新社会人)に共感を覚え、数年経ってからは主人公が所属するゼミの先生の心情を汲み、今回に至っては自分を重ね合わせるキャラクターは強くは出てこず、むしろ作品全体を俯瞰するようになっていた。
いわゆる脇役が脇役然としておらず、多くのキャラクターが強く魅力的な個性を持っているからに他ならないが、一番は自分の年齢に因るものなのだろう。
とても大人っぽいと思っていた上述の教員の年齢を、気付けば僕は大きく超えていた。
と、ここまでハチクロがどうとか書いておいてなんだが、特に深堀りはしない。
一体何歳になるまで漫画を読んだりアニメを観たりするのか?と、ふと思ったのだ。
使い古された話題ではあるが、「大人になったら漫画とか読まないと思ってた」「大人になったらアニメなんか見ないと思ってた」というやつ。
少なくとも、僕の父親に関して言えば(記憶が定かではないが)30代中盤で既に「水戸黄門」「暴れん坊将軍」を毎週楽しみにしていた。
休みの日になればゴルフの中継と大相撲、野球中継でテレビを占有し子どもたちに疎まれ、夜になれば晩酌をし遅くとも22時は寝る生活。
僕はと言えば、当時の父の年齢を超え40代になったとはいえ、時代劇(そもそも番組自体が少なくなってきている)にはそれほど興味はなく、ゴルフも将棋もしないし、相撲も野球もルールすら曖昧だ。
日付が変わって床に付いたあともスマホを片手に寝落ちし、顔面に落下した端末でサイレント絶叫することもしばしば。
思っていたオッサン像とは違う…。
そもそも個人の趣味嗜好は異なるので、父親と同じルートを辿らないのは不思議なことではない。
その辺りを差し引いても僕の生活は、思い描いたものとは随分とかけ離れている。
当初の予定では、
実際のところは下記の通り。
昔自分が思い描いていたよりも、現代のオッサンは若い(もしくは幼い)部分はあるのかもしれない。
しかし年齢相応の疲労を肉体が蓄積し、解消が追い付かなくなってきているのも確かだ。
数年後に「ハチミツとクローバー」をもう一度観たら、ごくたまに登場する爺さん教員に自己投影をするのだろうか。
いや、その頃には今度こそアニメなど観なくなっているのだろうか。
抗わず、その時々の自分に任せたいと思う。
最近楽しみに観ているドラマ「silent」。
メインキャスト3人が眩しすぎて自分の身体が砂になってしまいそうなのを必死に抑えている。
彼らの若さと、随所に出てくるハチクロのオマージュに嬉しさを感じつつ思ったこと。