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帝京ちばリウマチ科Bulletin 増刊号 「膠原病の新規治療(上)」

患者さん向け広報誌に寄稿した内容を一部改変しました。
わかりにくいところ、明らかな誤りなどございましたらご指摘いただけますと幸いです。

非実在指導医と非実在研修医の対話篇

(金曜夕方の某大学病院、リウマチ科のスタッフ待機室〔医局〕にて)

研修医「今週もご指導ありがとうございました。膠原病って学生時代に学んだ知識と、実際に患者さんを診療させていただいたときの印象が大きく違いますね」
指導医「例えばどんなところが?」
研修医「学生時代に勉強したときは、膠原病の症状の『個人差』なんて全然意識してなかったですが、こうして実際の患者さんにお会いすると、同じ病名がついている患者さんでもひとりひとりが違っていて、それぞれ別のことでお困りなんだなぁと」
指導医「そうだね、膠原病の『原因』は世界中で研究されているけれど、簡単に言ってしまえば『遺伝の要素』と『環境の要素』があって、ひとりひとりの患者さんは異なる遺伝的背景を持っておられるし、それぞれの生まれ育った環境も違うはずだから、同じ病名がついていても症状、治療への反応などが異なって当然なんだよね」
研修医「それに、学生時代は『最新治療』を学ばないというか……」
指導医「まぁ国家試験に出題されるのは『最新治療』ではなくて、すべての医師が踏まえておくべき『標準治療』だからね。でも、膠原病分野の治療の進歩は本当に目覚ましい。そうだ、日本にはまだ未紹介の薬や治療法も含めて、簡単なレクチャーをしようか」
研修医「ぜひお願いします!」

ANCA関連血管炎

指導医「まずは『ANCA(アンカ)関連血管炎』だ。血管炎の患者さんは担当したかな?」
研修医「はい、先週腎生検の介助をしました」
指導医「そうだね、一言で血管と言っても、大動脈のような太い血管から毛細血管までさまざまなんだけど、ANCA関連血管炎では細い血管・毛細血管が免疫の異常によって炎症を起こすことが特徴だね。だから毛細血管が沢山ある場所の障害が出やすいんだ。例えば、肺や腎臓は毛細血管のかたまりみたいなもので、特に腎臓の毛細血管が炎症を起こすと、腎臓のはたらきが悪くなって、最悪の場合には透析が必要になるんだ」
研修医「先週の患者さんも、入院してこられた翌日には腎生検、その翌日から治療が始まっていました」
指導医「腎臓の機能を『改善させる』薬はないけれど、『悪化の原因となる血管の炎症を食い止める』薬や『腎臓の機能を維持する』薬は使えるので、なるべく早期に適切な診断をつけて、適切な治療を行うことが重要だね。先週の方は外来でANCAが陽性で、尿に赤血球円柱が出ていたから、入院してこられた時点で診断はかなり絞りこめていたけれど」
研修医「ANCAにも2種類あるんですね。MPO-ANCA(エムピーオーアンカ)とPR3-ANCA(ピーアールスリーアンカ)、どちらも自己抗体で、つまり自分の身体の成分に対して異常な免疫反応を起こす可能性がある」
指導医「そうだね。興味深いことに、ヨーロッパやアメリカではPR3-ANCAが陽性の患者さんが多く、日本ではMPO-ANCAが陽性の患者さんが多いんだ。また、日本では発症の時点で比較的高齢の方が多いのも特徴かな」
研修医「なるほど」
指導医「そして、ANCA関連血管炎は3つの病気をまとめてそう呼ぶことになっているんだけれど、覚えているかな?」
研修医「MPAとGPA、そしてEGPAですが…… 日本語の名前は……」
指導医「ハハハ、そうだね、日本語の名前は覚えにくいね。昔はGPAは『ウェゲナー肉芽腫症』、EGPAは『シャーグ・ストラウス症候群』と呼ばれていたんだけど、2012年に行われた国際学会で一斉に改訂されて、日本も世界の約束に従った名前で呼ぶことになったんだ。でも、その日本語名は覚えることが困難なので、MPA, GPA, EGPAでいいんじゃないかな」
研修医「MPAがMPO-ANCA陽性で、GPAがPR3-ANCA陽性ですよね」
指導医「実はそれはよくある誤解で、特に日本ではMPO-ANCAが陽性のGPAが欧米と比べて多い傾向にあるんだ。まぁそれはともかく、MPOやPR3ってなんだか知ってるかい?」
研修医「うーん……」
指導医「これらは白血球のうちのひとつ、好中球の表面にあるタンパク質で、好中球を暴れさせるスイッチだと考えていい。そしてANCAは、『押してはいけないタイミング』でそのスイッチを押してしまう、つまりMPO-ANCAやPR3-ANCAが陽性の患者さんは、好中球が本来暴れてはならないところで暴れてしまうため、血管炎が起きると考えられているんだ」
研修医「なるほど!」
指導医「10年ほど前までのANCA関連血管炎の治療は『血管の炎症を抑える』ことがメインで、大量のステロイドと免疫抑制剤のセット、場合によっては血漿交換を併用して、とにかく炎症を手広く抑えることが目的だったんだ」
研修医「そうなんですね、先週の患者さんも確かに腎生検の翌日からステロイドが始まっていました」
指導医「ステロイドは膠原病や血管炎の治療に未だになくてはならない薬剤だけど、副作用も多い。患者さんが内服せずに済むならそのように済ませたい薬の代表だろう。でも、ステロイド以外に主軸となる治療がなかった頃は仕方なかったんだ。
流れが変わったのはリツキサン®(リツキシマブ)の有効性が報告された2010年以降かな。リツキサン®は、もともとB細胞リンパ腫に対して使われて大きな効果を挙げていた生物学的製剤なんだけど、ANCA関連血管炎や全身性エリテマトーデス、関節リウマチなど、多くの膠原病に対して使われて、これも大きな効果を挙げていると言っていい。僕がリウマチ科の専門医になったばかりの2006年の時点で、海外の専門医の先生方はみんな普通にリツキサン®を膠原病診療に使っておられて、とても羨ましく感じたのを覚えているよ」
研修医「今では日本でも使えますね」
指導医「全身性エリテマトーデスや関節リウマチへの承認は得られていないので、欧米に比べて狭い範囲と言わざるを得ないけれど、それでもANCA関連血管炎の患者さんには福音と言っていいだろう。この薬は、『自己抗体を作る細胞を除去する』働きを持っていて、つまり好中球をチクチク刺激しているANCAを作っている細胞を取り除くんだ」
研修医「なんだか効きそうですね」
指導医「リツキサン®が効く理由はANCAを作る細胞を除去する以外にもあるのだけど、とにかくリツキサン®を点滴したらANCAの数値は気持ちよく下がっていくことが多いね。
そして、リツキサン®やエンドキサン®と併用したときにステロイドを一切使わないで良いANCA関連血管炎の治療を可能にしたのがタブネオス®(アバコパン)だ」
研修医「アバコパンの論文読みました。すごいですね」
指導医「まぁ一切使わないというのは言い過ぎにしても、これまでの治療方法と比較して、劇的に少ない量のステロイドで良くなったということは間違いない。タブネオス®は、補体のC5aの働きをブロックする内服薬で、ANCAによって刺激されて異常なふるまいをするようになった好中球の『興奮のループ』を断ち切る薬と思ってくれればいい」
研修医「リツキサン®でANCAの産生を止めて、タブネオス®で好中球の異常を止めるんですね」
指導医「その通り、そう考えると、本当によく効く気がするだろう?ただ、日本では2022年5月に薬価収載されたばかりで、今後実際に日本人のANCA関連血管炎に対してどのように効くのか、予想外の副作用はないのか、慎重に検討していく必要があるね」
研修医「いま読んでいるリウマチの教科書にも『ステロイドの副作用の種類は多いが、それだけ長く使われている薬なので、新規の副作用に足を引っ張られることはない』って書いていました」
指導医「その通り。また、タブネオス®は新規薬剤なので、御多分に漏れず値段が高い。これまで使い慣れてきた上に、副作用の対処法も確立していて、しかも安価なステロイドを、もうしばらくは『賢明に』使い続ける必要があると思うね」

全身性エリテマトーデス(SLE)

研修医「SLEの新規治療はどうでしょうか?」
指導医「SLEは永らく新規治療に恵まれない疾患だったんだけど、それに加えて本邦ではクロロキン網膜症の薬禍もあり、世界標準といえるヒドロキシクロロキンが使えるようになるまでも時間がかかったんだ。2015年に薬禍収載されて、それまでステロイド一辺倒だったSLE治療が大きく変わるきっかけになったね。但し、リウマチの代表的な教科書に『ヒドロキシクロロキンは、アレルギーがない限りSLE全員に対する使用を考慮する』とまで書かれているけれど、残念ながら本邦ではそこまで広く使われていないのが現状だ。これから紹介する新規治療は『ヒドロキシクロロキンを内服している』ことが前提だと思ってよい」
研修医「ヒドロキシクロロキンはSLE治療の『基礎化粧品』だって先生が患者さんに説明しておられるのを聞きました」
指導医「そうだね。ステロイドが十分に減量できない、ステロイドだけでは症状が取り切れない患者さんにとって、ヒドロキシクロロキンはとても良い薬だと思う。SLEの治療の原則を3つ挙げられるかな」
研修医「先週のミニレクチャーで先生がお話しになっておられましたね。個々の患者さんに合わせた治療を行う、なるべく悪化(フレア:flare)させない、ステロイドは可能な限り減らして可能なら中止する、でした」
指導医「よく覚えているね。SLEという診断名だけでは治療方針を決めることはできない。僕の師匠は『SLEの治療は存在しない』と言っておられたけれど、つまりは個々の患者さんでSLEによる臓器障害がどのようなメカニズムで、どのような重症度で障害されているかを判断し、それが患者さんに及ぼすインパクトを考えながら、患者さんと二人三脚で治療を進めていかなければならないんだ」
研修医「なるほどですね」
指導医「ANCA関連血管炎のときにも述べたけれど、特にSLEにおいて、ステロイドは諸刃の剣なんだ。確かにステロイドの強力かつ迅速な抗炎症効果は膠原病治療にとって未だになくてはならないものだけれど、長期の使用は最悪の副作用を伴うことが多い。だからSLEにおいては、治療がうまくいっているかどうかの指標に『ステロイドを十分に減らせているか』もカウントされるんだ。欧米で言われているLLDAS(エルエルダス)などの基準では、プレドニゾン換算で7.5mg以下が望ましいとされているけれど、体格差を考えると日本では5mg以下が適切だろうね。さらにプレドニゾロン 5mgでも長期にわたって使うと沢山の副作用が出るから、可能ならば中止すべきと考えているけれど、これには反対意見を述べられる先生も多い」
研修医「よく『維持量』のステロイドを内服しておられる外来患者さんがいらっしゃいますね」
指導医「ストレスがかかっていない状態の人間が一日あたりに副腎で産生する糖質コルチコイド、つまりステロイドの量はプレドニゾロンに換算するとざっと2mg程度なので、5mgを内服していても通常の2倍以上になるから、あの小さな錠剤1つを内服するだけで体内の内分泌環境は大きく乱される。ただ、適切に使われたステロイドは多くの命を救ってきたことも間違いない」
研修医「急に中止してはいけない薬の代表ですね」
指導医「新規薬剤のはなしに移ると、米国FDAがSLEに対して承認している薬剤はアスピリン、糖質コルチコイド(ステロイド)、ヒドロキシクロロキン(プラケニル®)、 ベリムマブ(ベンリスタ®)だったのが、アニフロルマブ(サフネロー®)が5剤目として2021年6月30日に承認されている。意外なことにシクロホスファミド®もアザチオプリン®もリツキサン®もセルセプト®もSLEに対するFDA承認を受けてない、けれど、米国の医者は普通に使っているね」
研修医「へぇ、それっていいんですか?」
指導医「良くはないだろうけど、FDAの設定するハードルが時として非現実的に高いということもあるね。それはともかく、サフネロー®は『インターフェロンの働きを抑える薬』、もう少し詳しく言うと1型インターフェロンの受容体に対するモノクローナル抗体だね。インターフェロンって何だか覚えているかな?」
研修医「あの、ウイルスに感染したときに出てくるサイトカインですよね?」
指導医「そうだね。インターフェロンはウイルスに対する免疫を司る重要なサイトカインで、Ⅰ型、Ⅱ型、Ⅲ型が知られているけれど、特にⅠ型インターフェロンに含まれるインターフェロン-アルファがSLEの病態生理には重要なんだ」
研修医「なるほどです」
指導医「通常だと、インターフェロン-アルファやベータはウイルス感染などの出来事が起きないと産生されないんだけど、多段階あるSLEの免疫異常のなかに『必要ないときにもインターフェロン-アルファが産生され続けている』ことが知られている。じゃあSLEの患者さんはウイルスに対してずっとインターフェロンで守られているのかというとそうではなく、インターフェロン-アルファに対するリンパ球の反応が鈍くなっているので、結果としてウイルス感染症には弱くなっている、但しそれほど神経質になる必要もない程度だね」
研修医「新型コロナウイルス感染症でも、SLEの患者さんは重症化しやすいという論文を読んだ記憶があります」
指導医「一方で、mRNAワクチンを接種するとちゃんと中和抗体が上昇するというデータもあるから、ワクチンは重要だね。それはさておき、そのデタラメに産生されているインターフェロンの働きを抑えるのがサフネロー®で、1ヶ月に1回、30分ちょっとの点滴で使用する。皮下注射製剤はないのがネックだけど、それほど大きな手間がかかる点滴ではないのはメリットだね。日本での薬価収載が2021年11月25日だから、これから適切な使い方を模索していかなければならないけれど、他の薬剤では良くならなかった皮膚病変や関節痛、関節炎などが改善したとされているよ」
研修医「すごいですね!」
指導医「但し、重症のSLE、とりわけループス腎炎に対するデータは限られているし、サフネロー®だけで解決できることも限られている。すべての患者さんに効くわけでもないから、SLEのどういう病態や臓器障害にサフネロー®が有効なのか、もうひとつある生物学的製剤のベンリスタ®とどのように使い分ければよいのか、1ヶ月に1回の点滴をいつまで続ければよいのか、など、課題は多いね」
研修医「それでも、SLE治療の選択肢が増えてきたことは明るい話ですね」

後編はこちらから ↓

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