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タンバリン

稽古場に早めに着いたので、本を読んでいると、若宮さんが来ました。

藤原「あ、おつかれさまです」
若宮「おつかれさまです。早いですね」
藤原「そうですか?」
若宮「早いですよ」
藤原「そうでもないですけどね」
若宮「そうですね。何読んでるんですか?」
藤原「村上春樹の『騎士団長殺し』です」
若宮「どんな話ですか?」
藤原「騎士団長を殺す話です。若宮さん、劇トツおつかれさまでした」
若宮さんは若宮計画という劇団の代表で、先日開催された「劇トツ×20分」に出場しており、劇中でタンバリンを使っていました。
藤原「あのタンバリンは私物ですか?」
若宮「はい」

などと話していると、演出の藤本瑞樹くんが来たので、稽古に備え、黙りました。
「あ、どうぞ、まだ雑談しててください。おにぎり食べるんで」と、おにぎりを2個取り出し、食べ始めました。

藤原「タンバリン、いいなあ」
若宮「好きなんです」
藤原「やめてください」
若宮「え?」
藤原「こう見えて、既婚者なんです」
若宮「何ですか?」
藤原「申し訳ないが、お気持ちには応えられそうにない……」
若宮「タンバリンですよ。今、タンバリンの話してるんでしょう?」
藤原「なんだ。俺も好きですよ、タンバリン」
若宮「どういう所が?」
藤原「叩いたら鳴る所」
若宮「あぁ」
藤原「いいですよね、タンバリン」
若宮「使いますか?」
藤原「え?」
若宮「タンバリン」
藤原「くれるんですか?」
若宮「あげませんけど、貸しますよ?」
藤原「いや、欲しいんです」
若宮「やめてください」
藤原「え?」
若宮「セクハラです」
藤原「何がですか?」
若宮「奥さんのいる身でありながら……」
藤原「タンバリンですよ。今タンバリンの話しかしてないでしょう」
若宮「なんだ」

と、二人で瑞樹くんの方を見ました。まだ1個目のおにぎりを頬張っています。
瑞樹「……え、今ので話終わったんですか?」
若宮「そうですけど」
瑞樹「あの……もうちょっとしゃべっててもらっていいですか?」と、瑞樹くんのおにぎりを食べるスピードがアップしました。

藤原「何円くらいするものなんですか?」
若宮「おにぎりですか?」
藤原「タンバリンです」
若宮「2500円です」
藤原「けっこうしますね」
若宮「そうですね」
藤原「欲しいなあ、タンバリン」
若宮「2500円くらいです」
藤原「くれませんか?」
若宮「2500円ですか?」
藤原「タンバリンです」
若宮「あげません」
藤原「じゃあ2500円は?」
若宮「あげません」
藤原「え、何ならくれるんですか?」
若宮「何であげるの前提なんですか?」
藤原「けち」
若宮「『騎士団長殺し』は何円ですか?」
藤原「上下巻合わせて2500円くらいです」
若宮「じゃあその本とタンバリン交換ならいいですよ」
藤原「イヤですよ」
若宮「じゃあください」
藤原「もっとイヤです」
若宮「けち」

と、再び二人で瑞樹くんの方を見ました。めっちゃ口をもごもごさせながら、2個目のおにぎりに突入していました。
瑞樹「……すいません、もうちょっとだけ、いいですか?」と、もごもご言いました。
藤原「しかたないな……」
若宮「もうちょっとだけですよ」

藤原「タンバリン、何色でしたっけ?」
若宮「黒です」
藤原「黒いタンバリンって、かっこいいですね」
若宮「そうですね。赤もあったんですけど、可愛くなりすぎるなって思って」
藤原「赤は、可愛いですね」
若宮「ですよね」
藤原「可愛いと思います、赤は」
若宮「トイレの女性の記号とかも、赤ですもんね」
藤原「ですね。トイレで赤い記号を見たら、『あ、こっちが女性用か』ってわかりますもんね」
若宮「ですよね。男性の記号は、黒とか青ですからね、トイレの」
藤原「ですです。黒とか青の記号を見て、『あ、こっちが男性用か』って判断してます、トイレで」

と、二人で瑞樹くんの方を見ました。もうほとんど噛まずに、お茶で米を胃に流し込んでいました。けれど、2個目のおにぎりがまだ半分以上残っています。
「……ごめんなさい」
瑞樹くんがおにぎりを食べ終えるまで、がんばって雑談を続けました。

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大体2mm「水曜日の男」
作:藤原達郎 演出:藤本瑞樹
[日程]2021年8月28日(土)、29日(日)
[会場]枝光本町商店街アイアンシアター
http://about2mm.blog.shinobi.jp

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