好きだけど苦手って、何?
あ、この匂い、あのときのあれだ。
ってふと思うこと、ないだろうか。
私はある。
割と人間って、匂いに情報とかイメージとか、そう言うものを紐付けているのかも知れない。
匂いを嗅いだことで忘れかけてた記憶を呼び覚ましたり。そう言う意味では、匂いは記憶をしまっておく引き出しの、"取手"の役割をしているのかも。
甘い匂いとか、美味しそうな匂いとか、香料の香りとか。そんな人工的な香りも好きだけれど、私は自然の空気の匂いも好きだ。
雨が降る前の匂いとか、夏の蒸し暑い夜の匂いとか、そう言うもの。伝わるだろうか。
私はそんな匂いの中で、冬の夜中に感じる、冷たい匂いが好き。
私の母方の祖母の家は、自宅からすごく近い。仲も良好なので、特に目的が無くても高頻度で訪れる。
季節に関係なく、夕方に顔を出してから、帰るのが深夜近くになることも多々。
そういうとき、私は祖母の家から自宅までのほんの数分の道のりを、空を見上げたり深く深呼吸したりしながら辿る。
深い春と、それから夏は夜になっても、空気の匂いで特段寂しさは感じない。
でも、夏が終わり秋が始まり、秋というには寒すぎるな、これはもう冬だな……なんて頃から、なんとなく空気に寂しさを覚えはじめる。
その年によって気温は変わるから、多少の差はあれども、大体が11月下旬……ちょうど今くらいの季節から冬を意識するようになる。
このくらいの季節から、年があけて、大体2月の初めまで。その間の数ヶ月間の夜の匂いが、私は好きで好きでたまらなく、そして、苦手だ。
好きなのに苦手、と言う表現は割といろいろなところで、いろいろな人が使っている気がするけれど、実際その意図がちゃんと伝わっている人はどのくらいいるのだろうか。
私は私の「好きなのに苦手」の理由を曖昧にしたくないので、詳しく記しておこうと思う。
冬の夜の空気を吸う。
鼻腔が冷たくなって、気管も冷たくなって、肺までその空気が入って、思わず咽せそうになる。
それから匂いを感じる。
凛としている。春や夏のような柔らかさはなく、冷たいかたさのようなものを感じる。
匂い自体を、甘い、とか酸っぱい、とかで表すことはちょっと難しい。一言で表せるほど、空気の匂いは単調ではない。
けど、きゅうっと胸が締め付けられる、そんな感覚がする。
この、胸が締め付けられるような感覚が好き。
冬の夜の匂いが好きな理由に、この感覚を誘うから、というのもひとつあるかもしれない。
でもそれは一瞬で、そのあとに、切なく、儚く、寂しさを感じさせる匂いがする。
よくわからないけど、これが泣きそうになるくらい私の琴線に触れる。
なんでそんな風に感じるのか、自分でもわからない。空気の冷たさも起因しているのだろうか。
その、泣きたくなる感覚が私は苦手で、だから冬の夜の匂いも、好きだけど苦手に感じる。
味覚にたとえるなら、甘みのあとに残るのがほろ苦く……少し渋い紅茶みたいなものが近いかもしれない。
そのとき感じる甘みは好きだけれど、どうしてもその後に苦さがついてくる。その苦さが嫌い。
本を読んでいて、感動するページに出会って泣きたくなるときもあるけれど、そう言うときは特に苦手には思わない。ちゃんと泣く。
でも、冬の夜にひとりで外を歩いているときに嗅ぐ空気の匂いは……私を弱くさせるのだろうか。
泣きたくなるけど、なんとなく泣くわけにはいかない、と思って我慢する。
泣くべきなのか泣かないべきなのか、正解はわからない。
書きながらふと思ったけど、そういうとき、一緒に孤独も感じる。
このままふらっと家に帰らず(携帯しかもっていないので、現実的には不可能だけれど)、姿を消してしまいたい、とか、そうしたら私を探してくれるのだろうか、とか。
きっと探してくれるのだろう。そう思っていたい。けれど、私は捻くれているので「そのうち面倒なやつが消えてせいぜいした」なんて思われるんじゃないかとも考えてしまう。
こういう考えをするところこそ、私の面倒なところだと思う。自覚はしている。
話が少し逸れた。つまるところ、私は孤独を感じたときに、逃げたくなると同時に怖さも感じているのだと思う。
別にひとりが苦手なわけではないし、好きな方だと思うけれど。そこは人間の群れたがる本能なのだろうか?
そのときに出そうになる涙が、逃げたい欲求によるものなのか、恐怖からくるものなのかは分からない。でもそのどちらだとしても、私はその感覚が苦手なのだから……孤独も苦手なのだろう。
たくさんの冬が巡ってきて、たくさん冬の夜を歩いて、呼吸して、それでまた胸の締め付けられるような感覚を好きだと感じて、泣きたくなる感覚を苦手だと感じながら我慢するんだと思う。
そんなことを何回も繰り返しているうちに、いつか今出した冬の夜の匂いが好きで、でも苦手な理由の答え合わせができる日が来るといいな。
意外と人間が抱える気持ちには、矛盾があるのかもしれない。
その矛と盾には、それぞれにちゃんと理由があるんだと思う。普段しっかり考えるのは面倒くさいけど、なんか暇なときとか眠れないときとか、ぼーっと考えるときのテーマにしてみてもいいかも、と思った今日。
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