多分、忘れられないクリスマスイブ
新年が明けてしばらく経ったので、この話を書こうと思う。諸事情ですぐに書くことを躊躇していた。
書くにあたって、私の小学校から中学校のことを記しておく。
私は小学6年生の夏頃から、学校を休むことが増えて不登校になった。
それでもすぐに夏休みに入ったので、ずっと休んでいたのは9月の1ヶ月間。
10月に入ってからは少しずつまた学校に行き始めた。
けれど体調を崩しがちで、起立性調節障害も患っていた私には困難な日々が続き、結局卒業するまで殆どの日は午後から登校して職員室で過ごしていた。
自分の中でもこのままではいけないと言う気はしていた。勉強が心配だったけれど、担任と校長に「raさんは優秀だから大丈夫です。中学に入ってすぐ遅れを取り戻せるでしょう」としょっちゅう言われていたので、ほんの少しだけ気持ちが楽になった。(結局現在も支障はない)
職員室登校していたのは私だけでは無く、私の友達2人も居た。それぞれ何の事情があったのかは当時も今も、はっきりとは知らないまま。
2人とも小1のときに同じクラスになって、仲がいい子たちだった。小6のときに同じクラスだった方の友達をmちゃん、違うクラスだった友達をaちゃんとしておく。
3人で遊ぶことが多かった。特に私の家で遊んだ。mちゃんに至っては学校のある日にお泊まりもしたことがある。楽しかった。
私が職員室に登校すると、たいていは先にmちゃんが居た。私が登校するのはちょうど給食の時間で、その後少ししてaちゃんが来ることが多かったと思う。
普通に小6の生活を送ることはなかった私たちだけど、それでもそれぞれ頑張っていたし、後悔はしていないと思う。
中学に上がった。3人とも一緒の学校。
クラスは諸事情で3年間私とmちゃんは一緒にしてもらうことになっていた。結果、私とmちゃんが一緒で、aちゃんだけ別のクラスになった。
私は中学は普通に通えるようになった。友達もできた。でもmちゃんは、来なかった。
mちゃんの家は私の家に近かったので、よくプリントなんかを届けるのを先生に頼まれていた。と言うかほぼ自発的にやっていた。mちゃんに会う口実が欲しくて。
クラスは違ったけど、aちゃんとも休み時間の度に話していた。よく言えば面白い、悪く言えば変わっている子だった。私はそんなaちゃんが好きだった。よくLINEをした。
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8月のある日、aちゃんにLINEを送った。しょうもない雑談のLINE。でもいつもは長くても1日で付く既読が、3日経っても付かず、更には繋がっていたゲームにすらログインしている姿を見ることはなくなった。mちゃんも連絡が取れないと言っていた。
2学期。mちゃんは変わらず学校には来なくて、aちゃんも学校に来ていなかった。aちゃんが学校に来ていないことを知ってから、私は不安になり始めた。
数ヶ月経った、秋。私はとりあえずいつも通りの日々を送っていた。その日は部活動があって、美術室で他の友達と雑談していた。
ふと私が聞いた。「aちゃんと同じクラスだよね?aちゃんどうしてるか知ってる?」先生すら知らないことなのだから、友達も知らないと思っていて今まで聞いていなかった。けれど友達は答えた。「aちゃん転校したけど」
え、とこぼれた。知らない。夏休みから連絡が取れなくて、学校が始まっても来てなくて、先生に聞いても「来てないね」だった。転校してるとか、一言も聞いていないんですけど。私たち友達じゃなかったの?
慌てて美術室を飛び出した。向かったのはmちゃんの家。mちゃんとaちゃんは保育園からの幼馴染で、ずっとmちゃんも心配していた。
mちゃんに話をして、すぐさまaちゃんの家に向かった。家は、変わらずあった。いつもなら人見知りで絶対押せないはずの人様の家のインターホンを押した。男の人の声。名乗って、出てきてもらった。
aちゃんのお父さんだった。前に一度会ったことがある。「aちゃんが転校したって聞いたんですけど」と尋ねた。
お父さんは、「ああ…aは親戚の家に引き取ってもらってます」と言った。学校も親戚の家の近くに変えたと。どこですか、と聞いた気もするけれど、確か濁された。その後は「なぜ?」なんて聞けずに、お礼を言ってmちゃんと引き返した。
それが中学1年生の秋、初冬の話。
それから、aちゃんとは音信不通のままだ。
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高校1年生のクリスマスイブ。私は昼から夜まで祖母の家で叔母とお菓子を作っていた。
完成して、父と母と私の分は別で持って帰ることになった。お父さんが迎えにきた。
「aちゃん来てるよ」
聞き間違いかと思った。聞き返した。でもやっぱりお父さんは「aちゃんが家にいる。泣いている」と言う。
びっくりと安堵と心配で、泣きじゃくってしまった。
鼻を啜りながら、まだこれが現実なのか信じられないままお父さんと家に帰った。
家について、リビングのドアを開けた。
ソファに俯いて座っているのは、薄いピンクのコートをきたaちゃんだった。
何度も何度も何度も、夢にまで見たaちゃんの姿だった。
ずっと、もしまた会えたらなんて言おうかと考えてきた。だけどいざその瞬間が来ると、考えてた言葉なんて全部すっ飛んで頭の中は真っ白になった。
「aちゃん、久しぶり」
結局、迷った末に出たのはそんな言葉だった。
aちゃんはメイクをボロボロにしながら泣いていて、私もほんとは泣きたいくらい嬉しかったけど、2人で泣いてたら困ってしまうと思って泣かなかった。
荷物を置いてaちゃんの対面に座った。なんて会話を交わしたかは覚えていない。
「会えてよかった」とか「生きてた」とか、そんな感じだったかもしれない。
しばらくぽつぽつと会話をして、どちらともなく黙った。aちゃんが両手を広げるので私も広げたら抱きついてきた。aちゃんはうわーんと言って、ぎゅっとしがみついてきた。
嬉しくて、さっき泣かないように決めたのにちょっと涙ぐんでしまった。
その後、aちゃんはmちゃんのことを尋ねてきた。「mちゃんは…どうしてる…?」恐る恐るだった。
夢の中でもいつもaちゃんに話そうとしていたことだった。でも、これは夢じゃない。mちゃんに頼まれていたことも伝えないといけない。
何を言うかは決めていたけど、どんな風に伝えるかは決めていなかった。逡巡して、口を開いた。
「mちゃんはね、2年前の、中2の夏に死んじゃったの」
このとき自殺、と伝えたかは覚えていないけど、mちゃんはaちゃんにも遺書を残していたから、自殺の事実と共に、mちゃんのお葬式の時にmちゃんのお父さんが私のスマホに送ってくれた遺書を見せた。
aちゃんは絶句していた。遺書を読んだ後に「2年前…?」と聞き返してきたので私は頷いた。aちゃんは「せめて時間が経っていたのが救い」だと言った。
mちゃんが亡くなったとき、いつかちゃんとaちゃんに伝えないといけないと思っていたことが伝えられて、悲しみが減ることはないけれど、少し安堵した。
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もう7時か8時を回っていたので、aちゃんと一緒にクリスマスパーティーをした。パーティーと言うか、ちょっと豪華な食事。「家庭の味を久しぶりに食べた」と言っていた。これが毎日なわけではないけれど、aちゃんが嬉しそうにしていて良かった。
特定を避けるために詳細は伏せるけれど、aちゃんは連絡が取れなくなったあの夏の日、中学に呼び出されて行ったきり施設に連れて行かれたらしい。中学はスマホ禁止だったから、もちろんスマホは家に置いたまま。
それきり家には戻してもらえなかったようで、連絡が遮断された。aちゃんを守るためにaちゃんの在住地は秘匿された。
中学生の間、私たち3人はそれぞれの事情を抱えていた。aちゃんは保護され結果として消息不明に、mちゃんは耐えきれず自死を選び、私は2人の消失に耐えきれず精神を少しすり減らした。
大好きだった2人と、3人で話せたのはaちゃんが居なくなる前の夏が最後だった。その日はきっと、これが3人で話せる最後だったなんて思いもしなかった。でも今、もう3人で話せることはないのだ。
けれど、何も知らないあの頃の私にもし会うことが出来たとしても、私は未来を伝えないと思う。何も知らないまま、盲目で「幸せ」を「日常」だと感じていたとしても。過去に未来を伝えたとしても、私には止められないことだから。それなら何も知らない方が幸せだ。
aちゃんは生きるために大人たちに救われた結果、歩む道が少し私から離れただけで。mちゃんのことは毎日毎日毎日毎日、どうして救えなかったのかと己を悔やんでいる。それでもmちゃんは死を選ぶほど追い込まれていた。一時的に救えたとしてもきっとそれはmちゃんにとっては延命処置のように苦しいものになってしまったのではないかと思う。完全に救うことなんて私には出来ないと思う。出来たらどんなに良かったかと思うけれど、でも私は未熟だから、出来ない。
エゴだ。しょうがなかった理由を探して無理につけているだけ。でもそうしないと私も死にそうになる。朝昼晩考えている。ごめんねを、直接伝えたかった。
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aちゃんと新しくLINEを交換した。手元に連絡先がある。もう大丈夫。aちゃんは生きていた。
帰り際、また会おうねと約束した。今日は私に会うためだけに、1時間近く寒空の下を歩いてきたらしい。今度はどこか別の場所でご飯でも食べよう。
名残惜しかったけれど、施設の門限に間に合うように帰らざるを得なかった。でも今度はちゃんと約束がある。それだけで気持ちが大きく変わった。
クリスマスイブの翌日、クリスマス。
aちゃんから早速LINEが届いた。渡したお土産が美味しかったと言っていた。
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こうして3年半の時を経て私はまたaちゃんと連絡がつくようになった。そろそろ1ヶ月経つけれど、私はいまだにaちゃんのLINEを持っていることを疑わずにはいられない。
クリスマスイブの日、aちゃんは家を訪ねる前に外で遊んでいたらしい。つまらなくなって帰ってきたけれど、「こんなんで終われるか!」と思ったと言う。どうして?と聞いたら「世間はクリスマスイブだったから」と返ってきた。
だから、私とaちゃんが会えたのはクリスマスイブの魔法だと思う。クリスマスイブは人に特別な感情を抱かせるのかもしれない。
きっとこれは、一生のうちの特別な日で。
多分、忘れられないクリスマスイブ。
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