【MBA - 論文要約】アクティビストと企業の攻防:米国最先端のガバナンスモデルBoard 3.0とは?
1. はじめに
近年、日本企業においてもコーポレートガバナンス・コードの改訂や株主アクティビズムの活発化に伴い、取締役会のあり方が問われています。本稿では、ハーバード大学ゴードン氏らが提唱する新しい取締役会モデル「Board 3.0」が日本で機能するのか、日米の状況を比較分析しながら考察します。
2. Board 3.0とはなにか
Board3.0 の取締役については、株主アクティビストの推薦する取締役候補者を迎えるというモデルです。3.0 取締役は、「戦略検討委員会」という新たな委員会に参加します。これらの取締役は、3.0 取締役を支援する社内の「戦略分析室」によってサポー トされる設計になっています。追加のサポートが必要な場合は,3.0 取締役は外部のコンサルタントを雇うことがで きる。3.0 取締役の報酬は,主に長期の株式ベースの報酬によって支払われます。
(1) Board 1.0
1970年代以前の取締役会モデルです。経営者と取締役会が一体となり、経営者が取締役会の議長を兼任するケースも多く見られました。社外取締役は少数で、経営に対する助言を行うアドバイザリーボードとしての役割が中心でした。
(2) Board 2.0
1970年代から2000年代にかけて台頭してきた取締役会モデルです。モニタリングボードとも呼ばれ、Board 1.0と比較して、独立取締役が過半数を占めるようになり、独立取締役の経済的な「独立性」基準も厳格化されました。敵対的買収への防衛、機関投資家からの要求の高まり、会計スキャンダルの発生などを背景に、監査委員会、報酬委員会、指名委員会といった委員会構造や独立基準が強化されました。
(3) Board 2.0 の限界
Board 2.0は、現在、米国で限界が指摘されています。取締役会に十分な情報がなく、独立取締役よりも株主アクティビストの方が企業情報に精通している可能性があるためです。
(4) Board 3.0 の運営とリレーショナルインベスター
Board 3.0は、Board 2.0の限界を克服するために提唱された新しい取締役会モデルです。株主アクティビストを経営陣の一員に加えることで、企業の戦略策定により深く関与させ、企業価値向上を目指します。具体的には、プライベートエクイティ・ファンドのように、長期的な視点で企業価値向上に取り組む「リレーショナルインベスター」を取締役会に迎えることが想定されています。
3. 機関投資家の株式保有集中
機関投資家への資産集中は世界的な傾向ですが、彼らはリスク管理に重点を置くため、ガバナンスへの関心は低い傾向にあります。米国では、この「ガバナンス・ギャップ」を埋めるために、株主アクティビストによる経営戦略への介入が有効だと考えられています。
4. わが国におけるアクティビストと企業の攻防
日本では2000年代初頭から株主アクティビストの活動が見られ、近年では以下の事例のように、企業との攻防が顕在化しています。
(1) ファナックの事例
2015年2月、アメリカのヘッジファンド、サード・ポイントの代表であるダニエル・ローブ氏は、工作機械大手のファナックに対し、自社株買いと配当増額を要求する書簡を送付しました。ローブ氏は、ファナックが1兆円もの内部留保を抱えながら、株主還元が不十分であると主張し、メディアにも積極的に登場して、同社の経営姿勢を批判しました。
ファナックは、当時、売上高営業利益率40%、ROE16.1%、過去10年間の株価上昇率195.2%という優れた業績を誇る企業でした。しかし、アメリカの投資家の基準から見ると、配当性向30%は低く、株主還元策が不十分と見なされたのです。
ローブ氏の要求に対し、ファナックの稲葉善治社長は当初、「ゴチャゴチャとした騒音を断ち切りたかった。だから有無を言わさない還元策を発表して黙ってもらった」と述べ、要求を受け入れる姿勢を見せました。具体的には、配当性向を60%に引き上げ、今後5年間で配当増額と自社株買いの額を最大8割に増額することなどを公表しました。
しかし、この一件は、ファナックの企業文化にも変化をもたらしました。従来、同社は「必要最小限なこと以外は開示しない」という方針を貫いてきましたが、ローブ氏のアクティビズムをきっかけに、積極的な情報開示へと転換したのです。稲葉社長は後に、「とんでもない誤解だが、放置すれば、その印象が独り歩きし、大きなダメージになりかねない。そこで迷わず、積極開示へと姿勢を改めた」と振り返っています。
ファナックの事例は、日本企業にとって、株主アクティビズムの影響力を無視できないことを示す象徴的な出来事となりました。高い収益性を誇る優良企業であっても、アクティビストの圧力によって、経営方針や情報開示の姿勢を転換せざるを得ない状況が生まれたのです。
(2) JR九州
2019年、アメリカの投資ファンド、ファーツリー・パートナーズは、JR九州に対し、駅ビル開発などの不動産資源の有効活用、資本構成の改善、指名委員会への移行などを求める株主提案を行いました。特に注目されたのは、JR九州の社外取締役に不動産の専門知識が不足しているとして、ファンドが推薦する3名の社外取締役の選任を要求したことです。
この提案は、JR九州の経営陣と真っ向から対立することになりました。JR九州は、鉄道事業という公共性も担っていることから、株主利益だけでなく、地域住民や従業員など、様々なステークホルダーへの配慮も必要であると主張しました。特に、2017年の豪雨で被災した日田彦山線の復旧問題が議論されている中で、ファンドが巨額の自社株買いを要求したことは、沿線住民からの反発を招きました。
株主総会では、ファンドの提案はすべて否決されましたが、自社株買い提案に34.1%、指名委員会設置会社への移行に34.36%、ファンドが推薦する社外取締役選任には最大41.69%の賛成票が集まりました。これは、JR九州の外国人株式保有比率が50%を超えていることや、議決権行使助言会社がファンドの提案に賛成を推奨したことが影響しているとされています。
JR九州の事例は、アクティビストの提案が、従来の株主還元だけでなく、企業の事業戦略やガバナンス構造にも踏み込むようになっていることを示しています。また、鉄道事業のような公共性の高い企業においては、株主利益と他のステークホルダーの利益とのバランスをどのように取るかが重要な課題であることを改めて浮き彫りにしました。
(3) 東芝
東芝は、2015年の不正会計発覚以降、経営不振に陥り、アクティビストとの攻防が激化しました。2017年には、債務超過を解消するために、エフィッシモ・キャピタル・マネージメントなど、アクティビストファンドから6000億円の増資を受け入れました。これにより、外国人株主の比率が63%に達し、アクティビストの影響力が強まりました。
2020年7月の株主総会では、エフィッシモが、同社出身の取締役候補者の選任を求める株主提案を行いました。この提案は否決されましたが、エフィッシモは、議決権行使を巡って不当な圧力があったと主張し、臨時株主総会の開催を求めました。
2021年3月の臨時株主総会で、エフィッシモの提案は可決され、独立調査委員会が設置されました。調査報告書では、東芝の経営陣と経済産業省が、一部の株主の議決権行使に対して不当な圧力を加えたと結論づけられました。
この報告書を受け、東芝は、取締役会議長を含む取締役候補者を変更しました。しかし、6月の定時株主総会では、新たに選任された取締役候補者も否決され、東芝の経営は混乱を極めました。
東芝の事例は、アクティビストが、株主還元だけでなく、企業のガバナンス構造や経営戦略にまで深く介入するようになっていることを示しています。また、経済産業省の介入が問題視されたことで、日本企業におけるコーポレートガバナンスのあり方や、株主と行政との関係についても議論を巻き起こしました。
5. おわりに
本稿では、日本におけるアクティビストと企業の攻防を分析し、Board 3.0の有効性について考察しました。米国とは異なり、日本のアクティビストは、経営陣との対立や短期的な利益を追求するケースが多いのが現状です。したがって、Board 3.0をそのまま日本に導入することには課題があり、アクティビストの長期的な戦略やステークホルダー価値への影響について、更なる検討が必要です。
明治大学学術成果リポジトリ Board 3.0は日本で機能するのか
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