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情けなくても、かっこわるくても、埋火を消さずに燃やしていきたい
「埋火」って読めますか?
うずみび、と読みます。私も最近知りました。
火を起こすのが決して簡単なことではなかった時代のこと。囲炉裏や火鉢で一度火がついた炭を灰に埋めておくことで、大事な火種を消さずに残すという先人たちの知恵です。このことから、埋火は人の心の奥底に密かに抱き続けている想いや感情の比喩として使われるようになったといいます。
私にとっての埋火は、「演劇・ミュージカルを広める仕事をしたい」というものでした。
今でこそ"演劇ライター"と名乗らせてもらって埋火を絶賛燃やしている最中ですが、一度は完全に諦めていた夢でした。きっと10年前の自分に言っても信じてもらえないと思います。それくらい、私にとって演劇に携わることは夢のまた夢でした。
埋火の元になった最初の火種は、学生時代に観た劇団四季のミュージカル『ウィキッド』でした。それ以来、隙あらば劇場に通い詰め、いつしか演劇・ミュージカルの素晴らしさを広めたいと強く思うようになりました。
当然、就活では演劇・ミュージカルの関連会社を片っ端から受けました。とはいえこの業界で新卒採用なんてしている企業はほんの一握り。募集人数もあって数名。まあ、ものの見事に全滅しました。
就職という形にこだわらなければ、業界に飛び込むことはできたかもしれません。でもあの頃の私にそんな勇気はありませんでした。
好きを仕事にするのは諦めよう。そう切り替えて、一人のファンとしてミュージカルを観続けていくために、都心勤務・全国転勤がない・デスクワーク・いざというときに有給が取れるといった条件を満たす企業をいくつかあたり、演劇・ミュージカルとはまったく無縁のIT企業に就職。運用・保守部門に配属され、ITヘルプデスクとしていわゆる情シスの人をやっていました。
職場では人に恵まれ、次第に責任ある仕事も任されるようになり、その中で趣味の観劇もしっかり楽しんでいました。デスクの引き出しにオペラグラスを常備したり、推しのカレンダーをデスクに置いたり、どうしても行きたいイベントの日はシフトを調整させてもらったり、定時になった瞬間にチケット先行に参戦したりするのを許してくれる上司もいました(今考えても恵まれすぎてるな)。
それでも、どうしても「これは私がやりたいことじゃない」という想いは消えませんでした。
舞台の公演プログラムの寄稿文、演劇雑誌のインタビュー記事、WEBのゲネプロレポート記事などなど・・・・・・ミュージカルに関する記事を読むとき、必ずライターさんのプロフィールに目が行きました。
どうやったらこの世界に行けるんだろう。この人たちはどんな経歴でこの世界に入ったのだろう。そんなことを考えながら、日々悶々としていました。
当時の私の仕事は客先常駐することも多く、あるときは劇場街、あるときは劇場が入っているビルの地下で働くこともありました。ビルの商業施設で流れているミュージカルのサントラが職場まで漏れ聞こえてくることもありました。
劇場とはなんて近くて、なんて遠い場所なんだろう。いくつもの光るモニターを前に黙々と仕事をこなしながら、虚しい気持ちに襲われていました。やりたいことはあるのに、諦めて何も行動に起こせない自分がただただ情けなくて、悔しかった。
そんなふうに心の奥底で静かに埋火を燃やしながら、約5年間、会社員生活を過ごしました。
そして今、ありがたいことに夢だった演劇・ミュージカルに携わる仕事をすることができています。
どうやって埋火を再燃させて今に至るのかは置いておいて(知りたいという方がいればいつか書くかも)、一番大切なのは、最初の火種を消さずに埋火として燃やし続けていくことなんじゃないかと思うんです。
学生時代に抱いた夢は諦めていたつもりだったけれど、私の場合、実は全然諦めきれていませんでした。そんな夢叶うわけないと言い聞かせつつ、でも心のどこかでしがみついていたのだと思います。
もし火種を完全に消してしまったら、もう一度新たに火を起こすのは並大抵のことではできなかったでしょう。チャンスがきても踏み出せなかっただろうし、何ならチャンスに気付くことすらできなかったかもしれません。
だから、たとえ自分の弱さに情けなくなっても、どんなにかっこわるくても、いつかくる未来のために埋火を燃やし続けていくことが大事。そんなふうに、自分の経験を振り返った今改めて思います。
「埋火」という言葉を知り、自分の埋火について振り返るきっかけをくれたのは、ミュージカル『You Know Me』という作品でした。2024年11月にシアター代官山で上演された新作オリジナルミュージカルです。ミュージカルの翻訳・訳詞・脚本・作詞でご活躍されている高橋亜子さんが手掛けた作品で、ご自身のお母様の実話をベースに作られました。
女性が働くことが今よりもずっと難しかった時代を生きた二人の女性の人生と友情を、樋口麻美さん・吉沢梨絵さんをはじめとする実力派キャストが丁寧に紡いだ、心温まる作品です。
近々配信もあるようなので気になる方はぜひ。配信の詳細が出ました!
12月25日(水)12:00〜2025年1月20日(月)23:59に視聴できるそうですのでぜひ。
まだ気付いていない自分の中の埋火に、出会えるかもしれません。