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【恋するリコーダー】本村睦幸さんからリコーダーを教えてもらう(1)


リコーダーは頭で吹くな

娘が小学生の時に使っていたリコーダーがあり、時々それを取りだしてピーピー吹いてみることがあった。運指は覚えているものの、耳コピで吹くだけなので途中から音がわからなくなり、あー!めんど、とほったらかしてしまことがほとんどだった。

下手っぴのソプラノリコーダーなんて、聞くに耐えない。本人がうるさいと思うくらいだ。周りの人にはただの騒音。
話は飛ぶ。数年前から文章創作を教えるようになった。下北沢の小さなスペースで始めた文章創作講座は希望者がひっきりなしに集まって、何度も受講する人もいて、募集すればすぐに満席になり、しかも文章がめっちゃ上達する。面白いので不定期に続けてきた。最初、何を教えていいのかよくわからなかったんだけど、講座をしているうちに、私には出来て、他の人にはできいことがあるのに気づいた。

それが、視覚化、ビジュアライゼーション。作家は文章を書く時に頭の中で映像を見ている。私にとってはあたりまえのことなのだが、他の人は違うらしいと気がついた。それで「映像を見るんだよ、ありありと、目を開けたまま頭の別の部分で記憶を視覚化すると臨場感をもって書けるんだよ」と、そのやり方を教えてきた。
小説や、音楽や、美術をやっている人はすぐ理解できる。みんな映像を見ているからだ。でも、普通の人には難しいらしい。「思いだせない」とか「親の顔も浮かばない」と言う。なぜだろう? 

「だって、みんな夢をお見るじゃない? だから誰だって視覚化する能力はあるはずだ。単にその回路がつながっていないだけなんだよ」
ということで、脳トレのように視覚化を訓練されると、次第に出来るようになり、めっちゃ文章がビビッドになる。参加していた受講者の1人に音楽家がいて、「昔、ピアノの先生に、情景を思い浮かべながら弾きなさいと何度も言われました。同じことなんですね」と興奮気味に語ってくれた。

ある朝、目覚めた私は、思った。
「そうだ、私も視覚化して吹いたら、リコーダーがうまく吹けるかも?」
できるかどうか即実験したくなり、起き抜けに娘のリコーダーを引っ張り出して埃をぬぐった。なんかカビくさいが、とにかく試したかった。
さあなにを吹こうかな。
「千と千尋の神隠し」のテーマ曲「いつも何度でも」を思いだして、ええと、なにを視覚化しようかなと集中。やっぱりあの映画のシーンがいいな。あれを視覚化しようと思い、頭の中の映像に集中してリコーダーを吹いてみた。
この曲はよく知っている。だから映像と曲が脳内に同時に再生される感じだ。
まずは千尋が不思議な世界に入っていく、あの廃虚のテーマパークみたいなところから視覚化してみた。そして吹き始めてみる。意識は視覚化のほうにもっていかれる。曲は映像と共に流れている。そうなると……、運指に気をつける余裕はない。

余裕がないのだが、なんと、指がちゃんとリコーダーの穴の音を覚えているんだね。やっぱり小学校の音楽教育は無駄ではない。意識しないことによって、逆に間違えずに指が動く。つまり、身体はもうリコーダーを知っているから、他の事に集中して、自動演奏にしちゃったほうが正確に吹けるってことだったんだ。

あれえ? 間違わずに吹けちゃったな?

これは面白いと思った。耳コピで間違わずに最後まで演奏できると快感。でも、これまぐれかもしれない。今後は映像なしでやってみた。
めちゃくちゃ間違う。指を意識したとたん、指が遅れる。意識して動かしていたんじゃ遅いんだ、ましてや考えると焦って間違う。考えなければ身体が知っている。なるほど……。

これは恋なのかも


がぜん面白くなって、もっとリコーダーが吹きたくなった。これならアルトリコーダーも吹けるかも。甲高い音のソプラノリコーダーより、低い音のアルトリコーダーのほうがかっこいいしな。Amazonで検索したら、なーんだ2000円代で買えるじゃん。と、即、衝動買い。
2日後に届いた、アルトリコーダーを組み立ててみたら、デカイ!なんだよ〜。ドの音の穴に指がぜんぜん届かないじゃん。吹いてみたけど、ドの音が出せない。ちっ、私のちっちゃい手じゃ、ソプラノどまりか……と、そのことをフェイスブックに投稿した。

その、投稿を読んだのが、リコーダー奏者の本村睦幸さんだった。
「アルトリコーダーのドの音は、出せるようになります。コツがあります。お教えしましょうか?」
わわ、本村さんは室内楽を中心に演奏活動をしているリコーダー奏者で、バロック音楽の演奏が素晴らしく、私も何度か演奏会に伺ったことがある。小さなホールで奏者の息遣いまで聞こえる演奏はとても楽しくて、こういう小さなコンサートがもっとあるといいのにな、と思っていた。大ホールで奏者の顔も見えないような演奏会って苦手なんだよね。某Sホールなんて、途中で退席すると入れてもらえないしさ。

やり取りをしているうちに「初心者にリコーダーをお伝えする動画をつくりたいので、田口さんさえよければ僕がレッスンをしますから動画を提供してくださいませんか」とのありがたいお言葉。
「本村さん、私、楽譜読めないし、絶対音感もない、むしろ音痴です。でもって音楽記号はぜんぜんわかりませんし、リズム取れません!リコーダーは小学生の時に吹いただけですけど、こんなド素人でいいんですか?」
「いやいや、そういう方がいいんですよ」
「おまけに、60歳のババアで、もう指もあんまり動かないんですけど」
「いえいえ。僕も今年、60歳になりましたから」
本村さんはほとんどフォローにならないことを言い、私もそれ以上は突っ込む気にならず、「私でよろしければがんばります!よろしくお願いします」ということで「素人のためのリコーダーレッスン動画」をつくることになった。

うわ〜。憧れのリコーダー奏者の本村さんからリコーダー教わることになるなんて、これは、リコーダーが私に恋をした!としか思えない。
……という自己中心的な解釈のもとに、私のリコーダーレッスンは始まることとなった。


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田口ランディ
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