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「恋するリコーダー」本村睦幸さんからリコーダーを教えてもらう (9)


「モンセラートの朱い本」

スペイン・カタルーニャ地方に伝わる「モンセラートの朱い本」は14世紀の宗教文書の写本だ。

この写本の中に、モンセラート修道院の黒いマリア像を巡礼した人々の巡礼歌が10曲収められている。13世紀〜14世紀、マリアに会うためにのこぎり山と呼ばれた険しい山を巡礼者たちは登った。

モンセラートはピレネー山脈の南に位置し、かつてはケルトとの交流も深かった場所。岩山や深い森があり、自然界の精霊が住んでいそうだ。ここに巡礼に来た人たちもきっと、神秘を感じるために山に登ったのだろう。
誰が作った歌なのかもわからない、巡礼者たちが口承してきた歌の旋律が、懐かしいような、せつないような不思議な気分をかきたてる。

「黒い聖母像」はスペインやフランスの各地にあり、一時期、黒い聖母について調べていた。土着の信仰とキリスト教が結びついて黒いマリア信仰になったのだろう。黒い聖母のいる場所は時代を超えた聖地であることが多く、モンセラートもそうだ。山岳信仰、アニミズムなどにキリスト教が取り込まれていったのだと思う。

黒い聖母は母子像で、幼いキリストを抱いて座しているものが多い。モンセラートの黒いマリア像もそうだ。ある時、この形象ととてもよく似たものが縄文土器にあることを発見し、1人で興奮した。
黒いマリアは原始的なグレートマザーを象徴している、それは縄文までつながっているんだ……と。

「モンセラートの朱い写本」は、19世紀に赤い表紙で製本されたことに由来しているらしいが、日本語名に「赤」ではなく「朱」を使った翻訳者のこだわりに惹かれた。なぜ「朱色」なのだろう。

「朱色」は日本の古代色でもあり、辰砂という赤い鉱物から原料をとる。賢者の石とも呼ばれる辰砂からつくられる「朱」をあえてこの写本の名にしたのは誰なのか。

そんな興味をもって、いつか「モンセラートの朱い本」という小説を書いてみたいと思っていた。

リコーダーを習い始めた時に、演奏してみたいと思ったのは「朱い写本」に収められている10曲の巡礼歌だった。険しい山を巡礼した人たちの信仰はどんなものだったのだろうか。歌から読み取ってみたかった。その戦慄のなかにきっと、当時の人々の信仰がフリーズドライされているだろう。
旋律を奏でてみたら、当時の世界観がもう一度立ち上がってくるかもしれない。そんなことを夢見ていた。

いま、現実に「朱い写本」の中の一曲「輝ける星」を練習している。まさかの方法で、かつて夢見たように自分でこの曲を演奏しようとしている。いい曲だ、すごくいい。素朴で、透明感があって、軽やかで、強い。
どんな風に歌っていたんだろう、なにを願い、なにを思い、この旋律を奏でていたのかな。

黒いマリア像が大好きで、世界中の黒いマリアを調べた。黒いマリアからは、聖女のマリアとは違う艶めかしい女の息吹を感じる。生みだす力、潤す力を感じる。あの、暴れん坊のキリストが、いつも膝に抱えられ護られている。

朱い本のなかの10曲、すべての曲を演奏したい。



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