ネズミ
近所の大型スーパーに買い物に行った。ここに来るといつもペット売り場の犬を眺めるのだが、犬たちは食事の時間らしくショーウィンドウにいなかった。そこで、熱帯魚コーナーの方に歩いていくと、水槽が並ぶ手前にセキセイインコがおり、その下に小さなケージが置いてある。
はて、なにがいるのかなとのぞき込んで見ると、リンゴの形をした小屋の中から、白いネズミが顏を出した。そのネズミは五百円で安売りされていた。眠そうな顏をしてノコノコ出てきて、私の方にあどけない瞳を向けた。その瞳に見つめられたら胸がきゅーんとなった。
「この、ネズミ、買うわ」と、私が言うと、一緒にいた夫は「えっ?」と、私を見た。
「ハムスターなんて無理だよ、うちは猫がいるんだよ」
「大丈夫よ、ケージに入れておけば。だって、この子、私に訴えて来たのよ、ボクを連れて行ってって」
夫はうんざりした顏をしつつも反対はしなかった。しても無駄なことを知っているからだ。回し車がセットになったネズミのケージと餌を買って家に戻ると、娘が「きゃー、かわいい」と大騒ぎする。
「このネズミ、売れ残ってたから買ってきたわ」
「お母さん、ハムスターだよ」
そう言われても、私はどうしてもハムスターという薄っぺらい名前が好きになれない。まだネズミのほうがいい。ネズミのほうが貫録があるではないか。しかし、家族によってネズミには「テト」という名前をつけられた。
「ネズミに餌をあげなくちゃ」と、私が言うと、娘からクレームがつく。
「お母さん、テトだってば」
どうしてネズミではダメなのか。私にはわからない。
ネズミは夜行性で、一晩中、回し車を回していてとてもうるさい。
「まったく、ネズミのせいで不眠症になりそう」と友人に愚痴を言ったら、「早く駆除したほうがいいわよ」とアドバイスをされた。
その時、初めて「ネズミじゃダメなんだ」と思った。
「テト、おまえはネズミだと駆除されちゃうんだね」
また娘が文句を言った。
「お母さん、テトはハムスターだってば!」
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Web magazine「ヌー!」
作家として約20年間、執筆活動を続けた後、60歳で東洋医学を学び始め一昨年鍼灸学校に入学。体験してきた見えない世界と「気」を使う伝統鍼灸が…
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