恋するリコーダー・本村睦幸さんからリコーダーを教えてもらう (7)
音楽は無垢だ
リコーダーの先生、本村睦幸さんとは、リアルではほとんど面識がない。いつも演奏する本村さんを観客席から観ていた。本村さんは、楽しそうで、幸せそうで、ああ、この方はほんとうにリコーダーが大好きなんだな、こういう方を天職を得た人というのだろう、と思っていた。
リコーダー愛に溢れている方から教えていただくのだから、最高のレッスンになることはデフォルトでわかっていた。
2回のレッスンを終えて感じるのは、音楽という表現をする人たち独特のオーラ!これは明らかに、明らかに文章を表現手段としている人間とは違う。質が違う!おお!これが音楽家という方たちか、なんてステキなんだ。
最初にぶったまげたのは(表現がお下品で申し訳ない)、「ほたるこい」という課題曲の童謡を本村さんが解説してくれた時だ。「ほたるこい」は、あの、ほーっ、ほーっ、という独特の歌いだしから始まる。
この歌いだしを、本村さんは細かく解説してくれた。そして「ほーっ、ほーっというのを楽しげに、呼びかけるようにリコーダー語で吹くんです」と、リコーダー語である「テーッ」で、表現してくれたのである。
zoom画面の向こうで、本村さんが情感たっぷりに「テーッ、テーッ」と身振りまでつけてリコーダー語で表現してくれたとき、うおー!と思った。これが音楽か!という、これまた新鮮なショックと驚き。
この素直で大らかな音楽表現に比べたら、文学表現というのはなんといじけていて、陰湿で、暗いんだろうか。無邪気さという点でまったく手も足も出ない!
「じゃあ、吹いてみてください」とにっこり促されて、ははっとおもむろに「テーッ、テーッ」と蛍を呼ぼうとするも、自我が邪魔をする。ようするに照れくさいんだよ。なんかこう全身全霊で本村さんみたいに、蛍に呼びかけられない。
ああ……私はすっかりひねた大人になっちまった……。
そこはかとなく自己嫌悪に嘖まれつつ、顔だけは笑顔で「テーッ、テーッ」とリコーダー語で「ほーっ、ほーっ」を吹いてみる。
「うん、いいですね!」
や、優しい!ぜんぜん出来てないじゃん。表現の質としてまったくダメダメじゃん。ただ、吹いただけだよね。
本村さん、実演。うわっ、いい音。
ほんとに子どもみたいに蛍に呼びかけて吹いておられるわ。リコーダーのテクニック以前に、心が違う、曲を吹こうとしていないのね、マジ、蛍を呼ぶ子どもになってる。
「はい、では、最初から吹いてみましょう」
音楽家の純真無垢な自己表現に圧倒されつつ、集中して、頭の中に夏夜に蛍を思い浮かべてその映像を見ながら吹いてみる。作家の得意な視覚化だ。
おーし。浮かんできたぞ、蛍、飛んでる飛んでる。
……脳内の蛍を見ながら吹くのだが、吹くという行為に入ったとたん、自我が「うまく吹かなくちゃ」とか「ほら、こうやったら呼びかけるみたいにふけるかもよ」とか、いろんなこと言いだす。
うるさい、おだまり!と思うのだが「次の指はなに?、あ、そこはファじゃないわよ」とかいちいち自我が音楽教師みたい指図してくる。ううううっ。この、自我のおせっかいと戦っていると集中できない。
目の前にすばらしい先生がいるのに、私のなかに口うるさくて支配的なもう1人の音楽教師がいて、その怖い音楽教師が勝手にいちゃもんをつけてくるのだ。
本村さんは、終始穏やかに無垢な笑顔で「あ、いいですね。うん、ではこんどはもっとクオリティをあげていきましょう、こう、曲の流れを感じながらゆったりと吹いてみましょう、楽しそうに、はずむような感じでもいいですね」
落ち着け。蛍を追いかける子どもの心になればいいだけだ、蛍をイメージ。するとまた、心の中の音楽教師が登場「ここで間違いなく吹くように」、さらにはディレクターまで出てきて「おい、この角度だと顔がよく映らないよ」とか「ちゃんと笑っていないと皺が目立つぞ」とか言いだす始末。
ひー!いったい私の中には何人のこうるさい支配的な大人が住んでいるんだか。とはいえ、仕事をする上ではこの人たちが手伝ってくれているんだよな。もしかしたら職業的に生み出された第2、第3の人格なのかもしれん。
そういう私の内面の葛藤とは無関係に終始にこやかな本村さん。
ただリズムを取る練習をしているだけでもすごく楽しいです、と言う本村さん。
「単調な練習ですけれど。こうやって拍をとる練習がとっても楽しいんですよ。楽しくないですか?」
……絶句。
「た、楽しくはありません……」
「あ、そうですよね」
ター、ター、ター、ター、と拍を取りながらリコーダーを吹く練習が楽しいという本村さんは、ほんとうにほんとうにリコーダーが好き、音楽が好きなんだなあと思った。
そして、好きなことをしている人は幸せそうだ。いいなあ。私も好きになれるかなあ。なれるといいな。
こんなにリコーダーラブの先生に習っているんだから、きっと、音楽が好きになるに違いない(そうであってほしい)。
自分の人生に音楽は無縁だと思っていた。もしかしたらちょっとだけ音楽にお近づきになれるチャンスかも。きっと人生最後のチャンスだ。本村さんみたいに子どもの心でリコーダーを吹いてみたいな。