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大使とその妻ー失われていく日本への愛惜ー

積読濫読
ー「大使とその妻」水村美苗著 新潮社 2024/09ー

久々に読む面白い小説だった。
手に汗握る純文学というか。 

上下二巻、600ページを超す大作だが、ページをくるのももどかしく一気に読み終えた。

本文中の以下の記述が印象的。

「日本人には宗教はない。
 しかし日本文化がある。」

それこそが日本を日本たらしむるところであったのに、ノブレス・オブリージュによって、また市井に連綿と伝えられてきた質素・謙虚という心性に支えられてきた日本文化が、今まさに朽ち果てようとしていることを実感する。

シカゴの裕福な実業家の家に生まれて、とある事件をきっかけに来日して日本研究者となった主人公は、ひょんなことから軽井沢の外れ追分に購入した小さな庵を、鴨長明に擬えて「方丈庵」と称し、そこに至る細い道を松尾芭蕉に擬えて「ほそ道」と称し、オーデン的な「森の生活」を始める。

隣地にある長く打ち捨てられていたような質素な別荘を、源氏物語に擬えて「蓬生の家」と名づけるが、予想外にその建物が月見台を擁する趣を感じさせる建物に増築され、古い時代の日本から時空を超えてやってきたような謎の夫婦と思いがけず交流が始まる。

かつて日本が持っていた美へ憧れつつも、どんどんと醜くなる京都に象徴されるように、その大切さに気づくこともなくモダナイズしていく日本と日本人に失望し、なくなてしまう日本をせめて記録に残そうとする”In search of lost Japan”を立ち上げる主人公。

失われていく美しき日本を体現しているような謎の夫婦は一体何者なのか?少しずつ明かされていく謎と夫婦と主人公の来し方行く末を通じて、日本の近代化とは一体何だったのか、日本人はどう変わってしまったのかという重い問いかけが心に残る。

まずは文章がとても読み易い。そして謎が徐々に明らかにされていくプロセスがとてもスリリングで、なかなかやめられない、止まらない。

また、物語の端々に源氏物語や枕草子など日本の古典、登場人物とストーリー展開に説得力を増す、様々な時代の和歌が挿入されていることも全体としての品位を高めている。

いろいろと書きたいことはあるが、ネタバレになってしまうので、このくらいにしておきます。

水村美苗さんは、1990年に漱石の「明暗」の続きとして「續明暗」でデビュー。

貨幣論と資本主義論で有名な岩井克人東大名誉教授の令夫人として知っていたが、作品を読むのは今回初めて(ご本人談によればこれが最後の小説になるとのこと)。

本当に久しぶりに面白い小説を読んだという充実感で一般。オススメします。Don’t Miss it!


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