X to Earnの基礎整理・考察
はじめに
最近、「X to Earn」という単語がビジネスシーンで使われつつあります。検索してもまだあまりヒットしませんが、Play to Earn・Move to Earnなどと呼ばれるものが該当します。SaaS系サービスのXaaSを真似た名称ですね。Play to Earnは“ゲームで稼ぐ”もしくは“GameFi”という表現で説明される場合もあります。今回は「X to Earn」の基本的な仕組みの整理と付加価値について簡単に考察いたします。本テーマに関しては参考に出来る文献等は特にありませんので記載内容には客観的な根拠はなく私の直感がメインです。
1. X to Earnの基本構造
X to Earnの分かりやすいモデルとしてPlay to Earnを例にX to Earnを整理いたします。X to Earnは2つの要素に分解できます。「X」と「Earn」です。Play to Earnはゲームで遊ぶこととゲームで稼ぐことの2つの要素で成り立っています。通常、ゲームは自分が余暇を楽しむための趣味といった位置付けですが、Play to Earnではここに経済要素がバンドルされています。
調べていた気になったのは果たして、PlayとEarnはどちらが主でどちらが従なのか?という関係性です。本来はPlayが主でついでにEarnなのだと思いますが、AxieやSTEPNの利用者の反応を見る限り主従が逆転しているように感じました。投機的に稼ぐ手段としての「X」であり代数としては何が挿入されても構わない、という印象です。この場合、Earnが目的でPlayは手段となります。要するに「投機・副業」といった観点から収益性を軸に判断することになります。
そもそもですがなぜ「X」と「Earn」を混ぜる必要があるのか?という疑問があります。二兎追うものは一兎も得ずという諺がありますが、X to Earnは正にこの通りで良いとこ取りを狙ったサービスに見えますが、現状はクオリティに深刻な問題を抱えていると感じています。稼げることを標榜するブロックチェーンゲームの致命的な課題はゲームの完成度が低く面白くないという1点に集約されます。それをto Earnというゲーム性の評価とは異なる軸を持ち込むことで論点をずらしている点が問題です。
ゲームの場合、ゲームとしてのクオリティが担保できればto Earnという追加要素を導入する必要性はありません。運営会社としてゲーム開発に投下した資本をソフトの売上や月額料金で回収できるはずです。そうではなく本来はゲームと関係のないブロックチェーン・仮想通貨・NFTという要素を含ませることで意図的に投機を生み出している点については注意を払う必要があります。尚、サービス全体の経済モデル(エコシステム)を見るとポンジスキームに近い要素が含まれていることに気付きますので注意が必要です。(理解してゲームに参加しているのであれば問題ありません)
尚、低クオリティは現時点における評価であり、将来的には両立させるサービスが登場する可能性はあります。直近のスクエニの決算説明では以下のような方針が示されており、ノウハウと技術力を有した大手が参入することで品質問題は解決するかもしれません。
2. X to EarnはICOに代わる錬金術か?
2017年にICOが急激に流行り2018年に急速に失速したのは記憶に新しい出来事ですが、X to Earnは本質的にはICOでNFTやゲームといった要素を含ませ新たなラベルでラッピングしているのが実態ではないでしょうか?
上記は開発(運営)サイドに立った際に見解となります。言い方は悪いですがICOはトークンを販売し取引所に上場させることがゴールでした。その先の価格がどうなろうと当初販売分を売り捌き主要取引所に上場し値段が付いた時点で開発チームの経済的ゴールは達成されます。以降の価格上昇は+αのアップサイドが得られるかどうかという扱いです。
X to Earnにおいても現状はゲーム本体の出来は関係なく、サービス内部で取引されるアイテム(NFT)の価格と流動性が高まることが運営のゴールになります。そもそも持続性のあるビジネスモデルではないことから一時的にプロジェクトの価値が高まれば問題なく、中長期にわたりビジネス価値を高めるインセンティブが適切に作用しません。X to Earn系サービスにも色々なモデルがあるので一概には言えませんが、サービス全体で誰のお金がどのように循環し誰の懐に入る仕組みになっているかの理解は必要です。ICOではシニョリッジによる錬金術によってプロジェクト企画者はほぼコストゼロで(ホワイトペーパー作成労力くらい)で資金調達していました。
X to Earnでは誰がどのように無から価値を生み出しているのでしょうか?見極めが必要です。過去の記事ではNFTは現代の錬金術というテーマでNFTの特徴を整理しました。X to EarnにおいてもNFTがバンドルされることが多く、同じ問題意識を持つ必要があります。X to Earnの場合は複合要素なのでNFT単体よりも本質が見えにくくなっている点に注意が必要です。
いちゲーマーとして言えることとしては、本当にゲームが好きなのであればPlay to Earnではなく買切りのコンシューマーゲームか月額のオンラインゲームの方が断然楽しめるということです。ゲームを仕事と捉えるとPlay to Earnはただの作業でしかありません。副業であればもっとリスク・リターンのよい仕事もあるはずなので不確実性の高いデジタル小作農になる必要はありません。
3. X to Earnの応用検討
X to Earnについて辛口のコメントをしてきましたが折角なので社会的に有用な活用方法を考えてみたいと思います。X to Earnはto Earnというインセンティブ設計によってXというアクションを促す仕組みです。であれば適切なto Earn(インセンティブ)によって社会的に必要or重要なアクション=Xを促す仕組みを構築することが出来ればベストです。例えばですがXには「環境問題の解決・社会保障費増大の改善」などの大きなテーマを設定し具体的なアクションは上記をブレイクダウンし行動レベルにまで落とした目標を設定するイメージです。ゲームの場合、社会全体で見た際に意義のある生産的な活動と言えませんがテーマの設定次第ではより良い社会の実現に近づきそうです。
次にto Earnには過剰な投機性や過度なインセンティブ設計は不要である点に注意が必要です。現状のX to Earnを見ると過剰な煽りが見受けられますが、持続的な仕組みとして広めるためには過度なインセンティブは逆効果なので注意が必要です。あくまで主従が逆転しない程度のインセンティブである必要があります。トークンエコノミーは強固な経済的インセンティブではなく緩やかな方が詐欺的事案の発生も抑止できるし都合がいいと思います。またto Earnの財源を考える際にも過度なインセンティブ設計はエコシステム全体に歪みをもたらす可能性が高く、錬金術を使わない限り財源の確保が困難であることから適度な方が良いと考えます。
社会的に有意なX to Earnであれば国や自治体等の公的組織との協業やスポンサーの獲得の可能性もあるかと思います。国・自治体としてはX to Earnの推進で環境問題の解消や社会保障費の制御が実現すれば願ったりです。
行動経済学には「ナッジ」という用語があります。ヒジで軽く突くような小さいアプローチで人の行動を変える戦略、という意味で上記の趣旨とも合致しそうです。はい、少し方向性が見えてきましたね。X to Earnの方向性として以下の通りです。
1. 適切なXの設定(社会問題の解決・改善など)
2. 適度なインセンティブ設計(ナッジ理論)による行動サポート
3. 承認欲求をくすぐるような仕掛け
3を付け加えた理由として、人は良いことをした際に誰かに認められたいという承認欲求を感じるからです。これはXというアクションに継続性を持たせる非金銭的なインセンティブとなります。誰かにちょっと褒められる・いいね!と言ってもらえる程度で人は継続できるものです。
X to Earnをもう少し発展させると個人のX to Earnの行動履歴データの活用も面白いかもしれません。中国では芝麻信用のように個々人の信用リスクが既に数値化され様々な場面で活用されています。個人情報の取扱いの観点からどこの国でも展開できるモデルではありませんが考え方は少し似ているかもしれません。芝麻信用では金融的側面からユーザーを数値化し融資等の判断に利用します。
公共政策的なX to Earnのヒストリカルデータは市民の社会性・人間性を一定レベル数値化するかもしれません。SNSなどで素晴らしいことを発言するよりも公共分野のX to Earnのヒストリカルデータの方が評価されるイメージです。個人が任意で提出可能なデータとして活用する仕組みがあっても面白いと思います。政治家の方にはスキャム渦巻く怪しいプロジェクトではなく、このような方向性で議論していってもらいたいです。
財源に関しては公共政策的なX to Earnであれば推進によって期待できる予算削減額の●%相当分を支援金としてX to Earn関連予算に振り分け費用対効果を検証すれば良いと思います。例えば100億円相当の予算をX to Earnに割り当てることで1,000億円相当の社会保障費の削減効果が見込めるのであれば悪い話ではありません。環境問題の解決を目指したX to Earnエコシステムの構築であれば環境意識の高い企業にスポンサーになってもらったり環境問題の解決を目指す基金からの援助を受けるなどの案も検討出来そうです。
冒頭でPlay to Earnに関しては辛口のコメントで終始しましたが、ここまでの考察からX to Earnは設計次第では社会的に有益なエコシステムの構築が実現できそうなことが見えてきました。まだ初歩的な考察に留まりますが本章(応用検討)で示した方向性での深堀を進めることで有益な示唆が得られそうな気がしましたので時間が取れたらX to Earnの有意な社会実装をテーマに続編を書きたいと思います。