人気イマイチ指揮者の技と神髄 FILE.2 エドゥアルド・マータ Part.1
1.メータとマータ
前回に続いてまたもや名前の話で恐縮だが、ビギナーにとってアーティスト名というのは、妙に印象を左右するものなのである。
指揮者界にはズービン・メータという、世界的スター指揮者がいる。
80年代当時まだ小学生だった私は、マータと聞いてもメータの二番煎じみたいに思えたものだ。
きっと彼は、少なくともレコード・アーティストとしてはという事だが、名前で損をした部分も少なからずあったのではないか。
もちろんそれは本人が悪い訳ではなく、ただの印象なのだが、ショービズの世界ではそういう運も大事である。
現に、エサ=ペッカ・サロネンという俊英指揮者が颯爽と台頭した直後、同じフィンランドからユッサ=ペッカ・サラステという若手が登場したが、あまり売れなかった。
マータの初期アルバムを発売した日本のRCAが、彼のファースト・ネームを原語に近い「エドゥアルド」ではなく、ヨーロッパ風に「エドワルド」と表記したのも、ネット検索時代となっては不利である。
「マータ」のワードだけでは検索結果が多すぎて、スティグマータなんていう謎のグループまで引っ掛かってしまう。
名前の件を別にすれば、クラシック・ファンがマータに抱いている印象は、大きく3つあると思う。
1つはテキサス州のローカル・オケ、ダラス交響楽団の指揮者というイメージ、
もう1つは爆演指揮者(後で説明)というイメージ、
そして、飛行機の墜落事故で壮年期にして亡くなった悲痛なイメージ。
2.マータとダラス交響楽団
人気指揮者ズービン・メータは、クラシック音楽の僻地とも言えるインドのボンベイ出身である。
そして何の因果か、マータもクラシックの僻地である南米、メキシコの出身。
とはいえ、メータがクラシックの総本山ウィーンで音楽を学び、巨匠カラヤンに可愛がられたのに対し、マータは故郷メキシコで音楽を学び、メキシコの代表的作曲家カルロス・チャベスに師事した。
大変失礼ではあるが、大抵のクラシック・ファンはメキシコ音楽なんてまず聴かない。もちろんチャベスもだ。
マータが世界的に知られるきっかけとなったのは、アメリカのメジャー・レーベルRCAから発表した数々のアルバム。
本格デビュー盤はロンドン交響楽団との録音だが、このオケ以外との録音はほぼ全て、彼が常任ポストを得たダラス交響楽団とのものだ。
RCAとの契約が終了してから亡くなるまでのマータは、アメリカの中小・新興レーベルで録音を続けたが、これも全てダラス響と、ヴェネズエラの新興オケ、シモン・ボリヴァル交響楽団との演奏。
つまり、世に出たマータの録音は、一部の例外を除いてほぼ全てダラス響、ロンドン響、シモン・ボリヴァル響との演奏という事になる。
これはひどい。少なすぎる。そして特殊すぎる。
この内、ロンドン響は世界的なトップ・オケであるが、彼らは自主運営の団体で、お金を稼ぐためには仕事を選ばない所がある。
有名なのは、『スター・ウォーズ』『レイダース/失われたアーク』を皮切りに映画のサントラに進出した事だが、ロック/ポップス系アーティストとのコラボも多い。日本でも、THE ALFEEや谷村新司のアルバムにまでほいほい参加しているくらいだ。
つまりクラシック界では、ロンドン響と録音したからといって、指揮者としてトップに上り詰めた事にはならない。それだけでは、ステイタスとしてヨワヨワなのだ。むしろ、このオケと共演した事が無い指揮者の方が、少数派ではないかと思うくらいである。
マータは人気イマイチ指揮者の例に漏れず、才能を買われて欧米を席巻した折、ひと通り世界の一流オーケストラの指揮台に立っている。
ベルリン・フィルもアメリカの各メジャー・オケも振っているし、いずれのデビュー公演も(特にシカゴ交響楽団では)大変な評判だったらしい。
これらの一流オケとなぜレコーディングを残す事ができなかったのか、理由はよく分からない。
なにしろ定員のある世界である。各レーベル、各オケが希望する指揮者をうまく捕まえて契約してしまったら、二番手、三番手の候補者は運任せにならざるをえないのかもしれない。マータの世代は特に、才能のある指揮者が豊作だった事もある。
3.マータとダラス響の奇跡
私には、マータとダラス交響楽団は、クラシック界における一つの奇跡である。テキサスのマイナー級オケと、西欧音楽の僻地メキシコの個性派指揮者。
私は彼らの演奏を聴いて、響きが洗練されていないと感じる事も、技術的に三流だと感じる事も、まず無い。
なのにこの団体は、マータ時代の前にも後にもほとんど国際的な脚光を浴びた事がないのである。このオケの録音のほとんどがマータ時代に集中しており、マータのレコードも半数以上はダラス響の演奏である。
オーケストラの録音は難しいもので、同じオケを同じホールで録音しても、レーベルや録音プロデューサー、エンジニアによって印象が変わる事が少なくない。
ダラス響のような、ホームグラウンドとして普段の活動に使うホールを持たないオケの場合、収録会場の音響によっても印象が変わる。
私が特に好きなのはRCAの音、70年代後半から80年代前半、バプテスト教会クリフ・テンプルで収録されたものである。
残響が豊かで、ふっくらと柔らかく、暖かみのあるリッチなサウンド。それでいて輪郭や芯は力強く、各パートの直接音は鮮明にキャッチされている。
RCAとの契約終了後も、彼らはプロ・アルテ、ドリアン・レコーディングスといったアメリカの中小レーベルに録音を続けたが、収録会場は色々ながら、マイク・セッティングが一様に遠めの距離感で、演奏が覇気に乏しく聴こえるものも多い。
またRCAのアルバムでも、ロンドン響との録音はもう少し硬質で、筋肉質に引き締まった響きである。
私が凄いと思うマータの録音は、ほとんどがこのRCA時代のもので、そこに限定すれば私は完全にマータのファンである。
しかしもちろん私は、LPでしか入手できないものやマニアックなものも含め、マータのほぼ全てのアルバムを持っている。
マータのほぼ全アルバムを持っている音楽愛好家など、恐らく兵庫県で私一人であろう。
それまでまるで知られていなかった、アメリカ南部の三流団体のサウンドがこれほど魅力的で、技術的にもほとんど難がないのは、驚くべき達成という他ない。もっともっと高く評価されるべき事実である。
(Part.2へと続く。リンクは下記へ)