『初恋』 隠れた傑作、これいかに? 第6回
『初恋』 1997年/香港
監督・出演:エリック・コット 出演:金城武、カレン・モク、リー・ウェイウェイ
このタイトルの映画は幾つかあるのですが、
こちらは『恋する惑星』『ブエノスアイレス』のウォン・カーウァイ監督プロデュースによる、
香港の人気DJ/ラッパー、エリック・コットの初監督作。
一応2話構成のオムニバスと紹介されていますが、実際の構成はもう少しばかり複雑です。
監督・脚本のエリック・コットが、
製作の経緯をキャメラに向かって延々と喋り続け、
全体は映画というよりメイキング・ドキュメンタリーの様相。
自分はウォン・カーウァイから監督を依頼され、
こんな話を考えたがボツにした、
こんな話も考えたがやっぱりだめだ、
と次々に構想を発表し、実際に断片的な映像として提示しますが、
その内の、一応完成した短編が2篇という事なのです。
うち一つは、
金城武演じる夜間掃除夫と、リー・ウェイウェイ演じる夢遊病の少女による恋の物語。
重度の夢遊病で夜な夜な街を徘徊する少女は、その間の自分の行動に不安を抱き、
体にビデオカメラを取り付けて寝る事にします。
すると、カメラには毎晩同じ男性が映っていて、
彼女はその清掃夫と毎晩デートをしていた事が分かる。
これは、いかにもウォン・カーウァイ的なひねりの効いた、粋でロマンティックな短篇ですが、
実はカーウァイは脚本執筆に参加しておらず、
あくまでもエリック・コット作のお話なのです。
もう一話はコットが主演も兼ねた、中年男の物語。
結婚してお店を開いている彼には、
かつて、結婚を誓った初恋の相手がいたのに、
最後の最後で逃げ出してしまったという過去があります。
その相手がある日偶然、彼の店に現れ、
ただコーラを飲んで、何も言わず帰っていく。
彼はその日から、いつか彼女が復讐しに来ると脅えます。
漫画チックにデフォルメされていますが、
これもやはりウォン・カーウァイ風のストーリーで、
取り返しのつかない時間や果たされなかった想いに関する、切ない場面が展開します。
私はカーウァイのほぼ全作品をこよなく愛しているので、
どうしてもこの映画の中にあるウォン・カーウァイ的な要素に過剰反応してしまうのですが、
監督のコットだって、カーウァイを意識していない筈はないと思います。
パロディとして作っているのか、
本当にカーウァイの影響を受けているのか、
私は詳しい情報を持ち合せませんが、
2つのエピソードの感覚的傾向、物語や映像、話り口のセンスは、
カーウァイ作品にも見られるもの。
撮影監督のクリストファー・ドイルや、
主演の金城武、カレン・モクなど、
カーウァイ組の人達も複数参加していて、
私は本作をカーウァイ作品の番外篇と捉えているくらいです。
ドイルにしても、常にこういう映像を作る人とは言えないので、
映像面から見ても、
これはウォン・カーウァイの映画と地続きの世界を指向しているものと見る事が可能です。
鮮烈なまでに色彩的であるにも関わらず、
全体の印象はむしろシックで、
ふんわりと柔らかな感触すらある映像ルック。
薄暗い夜の一室、
午後の陽光が差し込むオフィス、
夜の街を走るバスの車内で、
人物に、普通とは違った角度から当てられている照明の、
ちょっとみた事のないような、
不可思議で、目に鮮やかな感じ、
それらが背景の色彩と相まって観客に与える印象は、
映像表現の新たな可能性をも示唆しているかに思えます。
一見、遊び心が過ぎるというか、
悪ノリにも思える過剰な表現が目一杯詰め込まれた映画ではありますが、
2つの短い恋愛ドラマに溢れるナイーヴな優しさと軽妙さ、
カレン・モクの素敵な泣き笑いの演技、
ラストで監督が涙ながらに語る姿など、
心に残る場面をたくさん含んだ、愛らしい映画です。
香港映画が苦手な人にも、ぜひみてもらいたい作品。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。(見出しの写真はイメージで、映画本編の画像ではありません)