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あくまでアマチュア書評集 “ワケあって未購入です” #14 『夜ごとのサーカス』 アンジェラ・カーター 訳:加藤光也 (2000年、国書刊行会)

19世紀末のロンドン。翼をもった空中ブランコ乗りフェヴァーズが、アメリカ人ジャーナリストに生い立ちを語りはじめる。卵からの誕生、売春宿での少女時代、秘密クラブでのフリークショー。舞台はロシアのペテルブルクからシベリアへ。奇想天外なファンタジー。

アンジェラ・カーターは、どちらかと言えば好きな作家である。お気に入りとまではいかないが、邦訳された本の多くは興味を持って読んでいる(廃刊で入手できない本も数冊あり)。

とはいえ、そもそも一筋縄では行かない、癖の強い個性派作家だし、原文が複雑なのか、元を知らない私が読んでもひどいと感じる翻訳も多い。明らかな意訳、誤訳があったり、語順や句読点の位置が悪くて、まず日本語として文章に問題がある場合、最後まで読み通す気力も失せてしまう。

私がカーターの名を知ったのは中学生時代、映画『狼の血族』の原作者としてで、その時は全然読書好きではなかったためスルーしてしまった。本格的に彼女の本を読み始めたのは、大人になってからマジック・リアリズムに興味を持ったのがきっかけ。

その頃には、『狼の血族』の監督ニール・ジョーダンもかつて故郷アイルランドで「ジョイスの再来」とまで賞賛された天才小説家であった事も知っていたし、そのジョーダンがオリジナル脚本ではなく、原作物として映画の題材に取り上げるくらいだから、きっとカーターも相当な才人なんだろうなと想像していた。

実際、グリム童話などを題材に奔放なイマジネーションを展開する作風は、なかなかユニークだった。ただ、恐ろしく読みにくい。日本語訳も苦戦している様子だが、原文は相当に難解なのだろう。物語も心理描写も比喩も複雑で、彼女が「イギリスで最も広く読まれている作家の一人」と紹介されていても、「本当か、それ」とあくまで半信半疑な私であった。

また、彼女の作風はマジック・リアリズムだと言われるけども、ラテン・アメリカの作家たちに対して言われるそれとは、根本的に位相が異なる気がした。日常の世界に、現実離れしたシュールな出来事が当たり前の顔をして侵入してくるガルシア=マルケスらの作品と違い、カーターの小説は最初から普通にファンタジーであるように思えた。

そんなわけで彼女は私にとって、「興味はあるけど読むのに骨が折れる作家」という認識が何年も続いていた。そんな中たまたま手に取り、破格に軽快で読みやすかったのが遺作となった長編『ワイズ・チルドレン』だった。

長編であるがゆえに、あまり抽象的な内容には出来なかったのかもしれないが、太田良子の翻訳もいいし、読者に直接語りかけてくるようなユーモラスな調子も楽しい。

その後に読んだのが、84年発表の本書。原書で言えば『ワイズ・チルドレン』の7年前に書かれた作品だが、この2作、設定がよく似ている。『ワイズ・チルドレン』は双子のショー・ガールの一代記、本書『夜ごとのサーカス』は翼のあるブランコ乗りの一代記で、いずれも回想形式である。

単発で読めば、本書も決して悪くない。カーター作品にしては直線的な筋がちゃんとあるし、難解な詩的レトリックや隠喩も控えめで、翻訳もまあ読みやすい方だ。けれど、同じタイプの作品として比較すると、本書には『ワイズ・チルドレン』の軽妙でウィットに富んだ語り口が欠けている。

解説によると、『ワイズ・チルドレン』は遺作だけあって、著者の自伝的要素もふんだんに入っており、時代を感じさせる風俗描写も豊富である。リアリスティックな作風ではあるが、5組もの双子が登場するなど、カーターらしい想像力の飛翔は随所に感じられる。

一方本書は、主人公が翼を持った異世界の住人で、舞台も英国からシベリアへ移り変わってスケールが大きい。それでも、読みやすさや楽しさで『ワイズ・チルドレン』に軍配が上がり、本書は一度読んだらもう手に取らないかな、という事で私の本棚には残らなかったという次第。前者は文庫化されているが、本書は単行本しか出ていないという物理的な事情もある。

とはいえ彼女の小説の場合、読み通すのにひたすら苦しんで、やっと読み終えるやいなや、すぐに私の手元を離れていった本も数冊あるので、それらに較べれば本書はむしろお薦めの部類である。

貴重なお時間を割いて最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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