あくまでアマチュア書評集 “ワケあって未購入です” #15 『私の頭が正常であったなら』 山白朝子 (2018年、角川書店)
初めて読む作家なので、図書館で借りてお試し。最初に断っておかなくてはならないが、私は「山白朝子」が乙一氏の複数のペンネームの一つである事を知らずに、本書を手に取った。
そして私は、乙一氏の著書もまだ読んだ事がない。なんとなくではあるが、自分には肌が合わないのではないかと思っていたからだ(その予想が外れる事ももちろんある)。そうなると当然、好きな作家や興味のある作家が優先になってしまう。
この作家は肌に合わないのではと思って手に取らないできた一方、興味あるかもと思って手に取った本の著者が前者のペンネームだったわけで、それは著者のブランディング戦略が成功して、私はまんまと思うつぼにはまった事になる。
目新しいと思って近づいたチョコレートのブランドやプリン専門店が、実はモロゾフの別ブランドだったのを知った時みたいに、なんだかがっかりである。いや、乙一氏の著書を読んだ事がないのだから、「がっかり」というのは本来おかしい。思わず乙一氏とモロゾフ社を、両方同時にディスってしまった。
私がその事実を知ったのは本書を全て読み終わってからだが、最初から最後まで、どう読んでも男性作家が書いている気がしていて、その違和感は当たっていた事になる。8篇収録の短篇集で、主人公は男性も女性も様々だが、それでも何か伝わるのは不思議である。男性作家特有の癖というのも何かあるのだろう。
内容自体は、好みを別にすれば悪くないと思う。ホラー系の短篇集だと思っていたが、実際にはファンタジーやSF、サイコ・サスペンスなどスタイルは多彩で、むしろ純然たるホラーはほぼ無い感じ。文書は大変に上手く、描写力も秀逸。アイデアも豊富で、文章で世界を構築する手腕に長けている。
このコーナーではよくホラー系の短篇集を槍玉に上げているが、その手の本でありがちな、センスだけを頼りに走り出したり、雰囲気でごまかしたりという事が全くない。これみよがしな隠喩や、何も無いのに何かあるみたいに見せる思わせぶりもない。非常に聡明な作家さんのようである。
例えば、『酩酊SF』や『おやすみなさい子供たち』のような、書き方によっては陳腐になったりベタになったりしそうなプロットでも、ちゃんと自身の個性を盛り込み、シラけさせないよう成立させている。キャラクターも立ち上がっているし、心理描写も繊細だし、(本人の意志はともかく)この人は純文学でもやっていけるのではないだろうか。
でも、単に好みの問題ながら、私には心を惹かれる題材や魅力的なイメージが見つからないし、著者の他の本を読んでみたいという気持ちがどうも湧かない。ただ、個人的な好み以外の理由でこの作家を否定するのはフェアじゃない気がする、という事である。
参考までにレビューを見てみると、元々乙一氏のファンであったらしい人たちは、大抵本書を気に入らないようである。乙一作品には私も過激、斬新なイメージを漠然と持っているが、それが当たっているなら、確かに本書には、ある種の過激さはほとんど無い。
そもそも、その「過激さが充溢していそうな雰囲気」ゆえ、私は乙一作品になかなか興味が持てなかったのだ。私には筒井康隆や夢枕獏の大ファンであった時期があるが、そんな彼らの作品であってさえ、「過激すぎる」と感じるものは当時もあまり好きではなかった。
そういう、斬新さは欲しいけど過激さはさほど求めない私のような読者が手に取るくらいだから、ペンネームで作風を使い分ける意義はあるわけだ。もちろん、乙一ファンの方々が求めているのは、単なる過激さだけではないのだろうけれど。
貴重なお時間を使って最後までお読みいただき、ありがとうございました。