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これは怖い! おススめ短編小説・ホラー篇 第11回
小川未明 『黒い人と赤いそり』
(『小川未明童話集 赤いろうそくと人魚』 1951年、新潮文庫)
日本を代表する童話作家、
小川未明の作品集から。
この本に収録された作品群は、童話といっても大人の読書に耐えうるどころか、
むしろ大人にしか分からないくらいの深度と強度と美しさが魅力。
その文章の、柔らかくて、典雅で、丸暗記したくなるほどの味わい深さといったら!
全集とまではいかずとも、まとまった形で読める良い本が少ないのが残念でなりません。
例えば、
国境に配置された両国の兵士の友情が、戦争によって悲劇へと転じる『野ばら』の衝撃。
それから、村の先生が街に出て大人物になるものの、教え子から贈られた懐中時計に再会した事で初心を思い出す『小さい針の音』の感動。
凄いのは、作風の広さが童話の枠組みを超越していること。
『百姓の夢』や『とうげの茶屋』のように教訓や文明批判が含まれた話もあれば、
《金の輪》のように不可思議で少し怖い話、
『飴チョコの天使』『負傷した線路と月』などいかにも童話らしいものもあり、
『しいの実』や『かたい大きな手』のように
日常の風景を切り取った小説風の作品まで飛び出す始末。
これらは分量からいえばショートショートに近いですが、
内容は短編小説と言っていいと思います。
また、ストーリーをベタな起承転結に当てはめず、
最後の一文に「その村には今、雪が降っています」などと、
唐突に詩的な情景描写を持ってきたりするのも仰天のセンス。
そんな風だから、ご推察の通り怪談系のお話も抜群の恐ろしさです。
本書の表題作で、代表作でもある『赤いろうそくと人魚』は、
前半まで読んでアンデルセンみたいな感じかと思っていると、
おどろおどろしい怨念の物語へと転じてゾクリと震撼させられます。
特に私がぞっとしたのは、
『黒い人と赤いそり』。
ある北国の村、漁師たちの足下で氷が突然割れ、流氷に取り残された3人の者が沖へ流されます。
まったく初めての出来事で、助けを求める仲間をなすすべもなく見送る村人たち。
しばらく後、勇気のある5人が赤いそりで捜索に出ますが、
何日たってもそりは戻ってこず……
この話や『赤いろうそくと人魚』が恐ろしいのは、
そこまで重大な罪があるとも思えない村人たちに、怨念とも取れる災いが降り掛かる所。
でも、災厄とは実際そういったもので、
直接の因縁とはあまり関係なく、
不条理に襲いかかってくるものだったりするのでしょう。
あまり説明をしない筆致がまた、
冷徹なまでに簡潔で淡々としていて、
不気味な出来事がより恐ろしく感じられます。
なんだったらもう、
『黒い人と赤いそり』という、
このタイトルだけでやたら怖いです。
これは一体どんな人が書いているのかと、
カバー裏の写真をちらりと垣間見れば、
スキンヘッドに黒縁メガネの坊さん系。
坪田譲治の解説によれば、ものすごく短気でせっかちな人だったそうですが、
このルックス、この性格で、文化功労者に選ばれていますから、なかなかあなどれませんよ。
最後までお読み下さり、ありがとうございました。