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これは怖い! おススめ短編小説・ホラー篇 第10回
ディーノ・ブッツァーティ 『水滴』
(『七人の使者・神を見た犬 他十三篇』 13年、脇功訳、岩波文庫)
「イタリアのカフカ」と称されるブッツァーティは、
ここ数年で随分と邦訳も増えて
再評価の機運も高まっているので、
お読みになられた方もいらっしゃるかもしれません。
その作風は必ずしも一様ではなく、
ファンタジーや風刺物もあれば、
不条理劇あり、SFあり、
異常心理やホラー系もあり。
しかし彼の作品で、何かしらの不安感や恐怖に抵触する類いのものには、
共通した特徴があります。
それは、冴え冴えとしていながら、
どこか不穏な非現実性を帯びた語り口。
詩的な比喩を用いる事は少なく、
むしろリアリスティックに覚醒した文体で淡々と描写されるのですが、
そこに、いわく言い難い禍々しさが漂うのが彼の特質です。
なので、特に何も起こっていないのになぜかずっと怖い、という事が彼の短篇ではよくあります。
有名な『何かが起こった』という短篇は、
途中下車のない特急列車に乗った主人公が、
窓の外に、進行方向から慌てて逃げてくる、
大量の人間や車を目撃する話です。
又、『パリヴェルナ荘の崩壊』は、
多数の犠牲者を出した共同住宅の崩落事故が、自分の些細な行為のせいだという秘密を抱える男の話。
そんな恐ろしいシチュエーションをよく考えつくものですが、
超自然的な現象は何も起こりません。
ただ、不穏な文体がやたらと怖い。
『水滴』は、スーパー・ナチュラルな要素も含んだ不気味な一篇。
夜になると、アパートの階段を一段ずつ上がってくる水滴の音。
いずれ住民全員がその音を意識するようになりますが、
彼らはただただその音に耳を澄まし、
怯える事しかできません。
ショート・ショートに近い長さで、
ただそれだけの状況を描いただけの作品ですが、
全編に漂う謎めいた薄気味悪さはブッツァーティならではです。
異変に気付かないふりをする人々、
というのは彼が好んで描くテーマ。
これが災害避難に関してよく言われる「正常性バイアス」を描くものかどうかは分かりませんが、
河が氾濫して屋敷が流されようとしているのに、誰も逃げようとしないという、
そのものズバリの短篇もあります。
ブッツァーティは、読書家や翻訳家の中にも愛好者が多いようで、
この調子でいけばほぼ全ての作品が邦訳で読める日も近いかも。
必ずしもホラーには分類されていないし、
ユーモラスな作品も無くはないですが、
とにかくある種のブッツァーティ作品は、
そんじょそこらのホラー作家が束になってもかなわないほど恐ろしく、
怖い小説が好きな方にはお薦めです。
最後までお読み下さり、ありがとうございました。