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あくまでアマチュア書評集 “ワケあって未購入です” #8 『火のないところに煙は』 芦沢央 (2018年、新潮社)

初めて読む作家なので、図書館で借りてお試し。著者についてはさほど詳しい情報を持たないが。文芸誌で怪談実話とミステリを融合させた意欲作だと紹介されていて、興味を持った。様々な文芸賞にノミネートされたり受賞したりしているので、言い方には気を遣うが、正直な所、私には評価の高さが意外でもある。

先に断っておかなくてはならないのは、私は元々、文学性や人間の描写よりもゲーム性や謎解きの理屈が前面に出る、ミステリというジャンルが苦手だという事である。いや、ほとんど読まないので、簡単に「苦手だ」と言い切ってはいけないのかもしれない。ただ、私はどんなジャンルであれ、小説はあくまで小説、文学であり、脳トレ・クイズやゲームのように読む事は、まずない。

本書に関してはしかし、ミステリ特有の問題と、それ以前の小説としての問題と、両方があるように感じる。本書はまず、著者自身に関わる実話怪談ルポルタージュの体裁で連作短篇が並べられ、最後にそこに共通する謎が見えてくる事によって、推理小説としての仕掛けが前に出てくる。

私のような、実話怪談が好きでたくさん読む人間にとっては、そもそも一つ一つのエピソードが、まったく実話怪談ではない。フォーマットも違うし、文体もストーリー展開も完全に小説のそれである。各話の構成はすでにもうミステリで、そのため、展開が荒唐無稽でリアリティに乏しい。まず設計図があって、その都合で登場人物が動かされているという事情がひしひし伝わってきてしまう。血の通った人間たちが物語の中を自由意志で動き回る感覚が、ほとんどない。

登場人物の息使いと動きが窮屈なのはいったん置くとしても、設定が理屈優先なのはいかんともしがたい。そのせいで後半、特に全エピソードを横断する一本のラインが提示される最終章は、ほとんど読むのが苦痛になるくらい、説明、説明の連続である。ノンフィクションの体なので、説明が多くなる事は織り込み済みなのかもしれないが、それにしても、ほとんど小説とは言えない感じになってくる。

こういう無理の多い展開にぶつかると、私はいつも、映画『テルマ&ルイーズ』の脚本家カーリ・クォーリの金言を思い出す。「作品には作品の生命があり、それを乱すと観客は拒絶する。ピタリと収まる型があって、いじるとおかしくなるの」。私は最近、今さらながら宮部みゆきの著書を初めて読んで仰天したのだが、彼女の小説では全てが神の配剤のごとく進行し、作家の存在感は驚異的なまでに希薄である。

アクロバティックな作劇術で玄人好みのドラマ脚本をたくさん書いている宮藤官九郎は、最初から構成を決めている訳ではなく、書いている内に自然と色々な事が繋がるという。『四畳半神話体系』等で複雑な伏線を張りめぐらせた森見登美彦も、「最初にプロットを設計してその通りの小説に仕上がったら、そんなものはつまらん失敗作である」旨の発言をしている。

他の作家と比較して物を言う事は無意味なのかもしれないが、つまりは、ミステリの作劇においても、作為的、人工的にならない書き方はちゃんとあるという事である。エーリヒ・ケストナーのユーモア三部作は、構成としては推理小説だが、それ以前にまず味わい深い素敵な文学である。

著者(ややこしいが、主人公である本文中の著者のこと)の推理が合っているとすれば、本書のキーパーソンとなる人物は法に触れずにいくらでも殺人を犯せる事になり、それはミステリにおいて反則技のように思えるし、犯行の動機がまたお話にならないくらい幼稚である。そうなると私にはもう、怪談としても推理小説としても成立していないように見えてしまう。

伏線の張り方も、これは果たしてどうなのだろう。例えば、深刻な状況で集まっているにも関わらず、本筋とは関係の無い軽い雑談が始まる。まあ数行で終わるかなと思っていると、ページをまたいでどんどん会話が続く。あれ?何だろう、後の伏線なのかなと首を傾げていると、案の定ずっと先で回収される。

そもそも途中で読者に強い違和感を与え、「これって伏線のつもりなのかな?」と首を傾げさせる事自体、小説として成立しているだろうか。私はあくまで、一般的に小説としていかがなものかと言っている訳だが、ミステリ・ファンの方々にとってもどうなのだろう。これは著者自らが、「ここ、後で大事になるからアンダーライン引いといて~」と強調しているようなものではないのか。

アイデア自体は斬新だし、緻密を極めた構成も卓抜だと思う。筆力もあって、例えばオカルトライターが喋る時に、何かを言いかけてふと動作が中断し、促されて我に返り、また言葉を続けるとか、こういうリアリティのある描写は、優れた映画監督が俳優から名演技を引き出すかのようである。他の著作も含め、芦沢氏のタイトルの付け方は秀逸だと思う。今回はかなり批判的な記述が多くなってしまったが、各賞で評価されている作品だし、これもあくまで好みの問題なのかもしれない。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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