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あくまでアマチュア書評集 “ワケあって未購入です” #7 『きみはポラリス』 三浦しをん (2007年、新潮社)

初めて読む作家なので、図書館で借りてお試し。世評が高いのでずっと気になっている作家ではあったが、映画化された物を先に観てしまって、それがあまりに気に入らなかったので、なんとなく後回しになってしまった。

原作は未読ながら、映画ファンとして憤りを感じるので敢えて挙げると、『舟を編む』『まほろ駅前多田便利軒』の二作である。後者など、ファーストシーンを観た瞬間にがっくり来る。リアリティをドブに捨ててまで、俳優のセリフで前後の状況説明をする事は絶対にやってはいけないと、私は思っている。もちろん良くないのはファーストシーンだけではない。そういうダイアローグを入れる映画が傑作であった試しはなく、音と映像言語でストーリーを語るセンスがあるか無いかの問題なのだ。

本書に戻ろう。恋愛を主題にした短篇集である。伊坂幸太郎作品の後に読んだせいもあるのか、こちらははっきり「文学だな」と感じる。日常的な恋愛をさらさら描く小説も多い中、三浦しをんはそこから普通でない領域へ、一歩、二歩と果敢に踏み込んでゆく。そこにこの人の、作家としての凄みがあるといってもいい。一見普通の人々の、尋常ならざる内奥を掘り下げる事が出来るのが、文学というものの醍醐味である。

文章は大変に上手く、危うげな所が全くない。推敲の跡がありありと見えて、それでもまだ推敲の足りない箇所が残っているような文章を書く人も多いが、三浦氏や、最近読んだ人だと例えば川上弘美の文章には、最初から完璧に磨き上げられた形ですっと下りてきたような美しさがある(もちろん実際には丁寧に推敲されているのだろう)。中には古風な文体を使ったものもあるが、完璧に擬態していて、何かのパスティーシュだとは感じない。

つまり、小説として非の打ち所がないのだが、個人的な好みとして、どうも私には苦手な感じもつきまとう。あくまで好みの話である。それは例えば、自分に同性愛の傾向がないから感覚的に理解しにくいとか、完全犯罪が肯定的に描かれるのは道徳的に引っかかるとか、そういう事ではない。むしろ、そこを様々な角度から描けるのが文学、ひいてはアート(芸術)の良さである。

これは桜庭一樹の小説にも時折にじみ出てくる感覚だが、情念なのか何か、どろりとしたもの、じっとりとした湿り気を伴う情感がまとわりついてくる感じが、私にはちょっとしんどい。それは、私自身にもうまく説明できないものだ。本書が情念を描く作品集かというと、そういう訳でもない。女性作家に特有の性質なのかどうかも分からない。現に私には、性別に関係なくお気に入りの作家はたくさんいる。

湿気のイメージに結びつけるのが、そもそも間違っているのかもしれない。何か胃にもたれる、重みみたいなものというか。優れた文学にはそういうものも必要だが、その「種類」に関しては個人的な好みの是非もあるのだろう。三浦氏の作品が全てこういう傾向なのかどうかは、もっと読んでみないと分からない。本書は彼女の代表作とはされていないし、内容紹介を見た限りでは他に軽快な作品もたくさんありそうである。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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