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野球紀行/富士を肴に野球観戦 ~富士球場~

 僕は、富士山が結構好きだ。山地の一部ではなく、単独の山として存在し、それでいて日本一高いという気高さと、どこからどういう条件下で見ても美しい姿が、である。
 野球が好きで富士山が好きとなれば、「富士山が見える野球場」は正に贅沢の極みである。と言っても、富士のふもとの街だからといって、どこにいても富士が見えるわけではない。富士球場からだって富士山が見えるとは限らない。現地へ行ってのお楽しみである。
 お楽しみは結構だが、富士球場への道は結構いばらの道である。比較的朝早くに富士駅のバスターミナルに行く。しかし駅からダイレクトに富士総合運動公園に行く便はなく、まずは吉原中央というバスターミナルに出なくてはならない。この吉原中央へは比較的スムーズに行けるのだが、吉原中央から現地までは呆れるほど不便である。朝の9時台に便があるが、それを逃すともうアウトだ。しかもそのバスに乗っても現地に着くのはだいたい10時台。試合開始は13時。開始まで2時間以上ある。地方でファームの試合となると、臨時の便が出たりするものなのだが、無し。ベイスターズのファームも、こんな気合の入ってない所でよく興行するものである。この地方では車がないと、昼の1時からの試合を観るために例え地元の人間でも理不尽な程の早起きを強いられるのである。高校野球の季節になったらどうするのだろうと他人事ながら気になってしまう。実際、来る客のほとんどは車だったと思う。こういう時に臨時バスでも出せばもっと客足も...と思うのだが。

外野から打撃練習を眺める。炎天下、芝生の上は救い。

 ところで、僕とて富士山を肴に野球を観るためだけに、わざわざ不便な思いをして富士まで来ているわけではない。それはあまりにも酔狂だ。
 今日は、地方で「巨人戦以外のファーム戦」が行われるという極めて珍しい日なのである。ファームの独立採算制の可能性について非常に興味がある僕としては、巨人戦でない試合を地方でやる事で、どれだけのファンを集められるのかを見ておきたいのだった。結局酔狂なのだが。
 9月も中旬だが、炎天下だ。夏が夏らしくなかった埋め合わせをしているかのように。球場には屋根もコンコースもなく、どこにも日陰になる場所がないので、試合開始までの2時間以上、炎天下で待たされるのである。僕は頭にTシャツをかぶり、外野の芝生席でベイスターズの打撃練習を眺めていた。芝生の上ならいくらか楽である。そばで親子連れだかが「よく飛ばすね」「ボール来ないかな」。おそらく地元の人だろう。彼らに限らず、これだけ不便な所に遠くから来る人はそうはいない筈だ。こういう陸の孤島みたいなところにいると、見なれたベイスターズとスワローズのファームの選手達がいるのに、何だか心細くなる。だが、ファームの試合には必ずいるベイスターズの応援団長が登場。何となく日常が戻ってきたようでホッとする。よくこんな所にまで来るものだ。人の事は言えないが。

巨人戦以外で、これだけ不便な球場にしては、まあまあの入りか?

 ぼちぼち空席も埋まってきた。辻コーチがルーキーの新沼に「ほら、お客さんにご挨拶だ」。座れる場所がなくならないうちに、内野に戻る事にする。スタンドの上の方で、空缶を灰皿に煙草を吸っていると、係の人がわざわざ寄ってきて、「ここはファールが飛んできますから、気を付けてくださいね」と。言われてみると、いかにもファールが弾丸ライナーで飛んできそうな場所だが、僕は普段からこの位置で野球を観る事が多いのだった。
 炎天下で2時間も試合を待っていると、さすがにぐったりして試合開始になっても全体のテンションがあまり変わらない。地元出身のベイスターズの斎藤肇に花束が贈られる。これでセレモニー終わり。そうこうしているうちに三塁側後方の大きな山の影に気付く。富士山だ。これだけ天気がいいのにうっすらとしか見えなかったのだ(湿気の多い夏場だからだろう)。これでかろうじて「富士を肴に野球観戦」は成立である。あとはベイスターズの負けっぷりを堪能するだけだ(笑)。

暑いので上半身裸の選手。

 日本一に輝いたベイスターズだが、ファームはダントツの最下位である。先発はベイスターズが田中敏、スワローズが宮出。
 初回スワローズは佐藤真のタイムリーで難なく1点。この1点で何となく勝負が決まってしまったような、ベイスターズの迫力のなさである。しかしその裏、ベイスターズは新井の2ランで逆転。球場が狭いから入ったという感じだ。
 試合が始まったのに、かなり空席が目立つ。やっぱり巨人でないと満員にはならないのだろうかと思っていたら、懐かしい声が。以前、小田原球場で見た、やたら選手に詳しい老紳士である。このベイスターズファンらしい老人は、ただ選手の名を叫ぶだけで周囲への影響は弱かったのだが、今回は一味違う。ベイスターズの選手一人ひとりについて「○○大会で優勝した選手だよ!」「○○チームにいたんだよ!」と解説するのである。僕のそばでは「詳しいよなあ」と苦笑いする人も。知識がグレードアップして戻ってきたのだった。

老紳士再び。

 ベイスターズは三回にも1点。八回までこのままだったので、今日は珍しくベイスターズの勝ちを見れるかな、と思う。しかし暑させのいかスタンドからもグランドからも威勢のいい声はない。が、七回に投手が斎藤肇に代わると今まで大人しかった客が一斉に沸く。やっぱり地元の人達だったのである。ご当地選手というのは、それほど大きい存在なのだ。
 いつもファイターズに打たれてくれる斎藤肇、無事三者凡退に切り抜ける。八回は細見が抑え、ホントに今日は勝つのでは?という期待感がスタンドを支配する。そういう空気というのは、その場にいると感じることができるものなのである。しかし、やっぱりベイスターズのファームというオチが待っていた...。
 3-1でリードで九回表、一死一、二塁で津川が左中間へ。まず1点。しかしレフト岸川の好返球、本塁クロスプレーで一塁走者をアウト。この試合初のクロスプレーに沸く。あと一人。

暑い。

 投手は細見。強気で攻め、あとストライク一つという時に、これ以上はないという惨いパスボールが。一旦ホームにボールが帰るももたついてる間に二塁走者生還。これで同点。やっぱりだめかと溜め息つく間もなく投手は加藤将、岩村あっさり逆転タイムリー。開いた口が塞がらないという感じのベイスターズファン。
 こういう時は最後の攻めに望みをかけづらいものだが九回裏、一死一塁で川崎が右へヒット。二、三塁に。投手は加藤。二塁代走になぜか投手の足利。ここでにわかに沸いたのだが、金村二ゴロ、古河二フライで万事休す。誰かがつぶやいた「しょうがねえな」。
 ベイスターズのファンでさえなければ、大どんでん返し付きの面白い試合だが、何となくベイスターズに勝たせてやりたかったなあ...と苦い思いが残るのだった。富士はすっかり霞んでいた。

おまけ。きれいなレタリングなのに..。

 さて、「巨人戦以外の地方試合」は、あまり芳しくない客の入りだったと言える。しかしそれは、あまりの交通の不便さのせいで、決して巨人戦でないからではないと思う。むしろこれだけヘンピな場所に、よくこれだけ集まったと思うくらいだ。もっと宣伝と交通対策に力を入れれば、いけるんではないだろうか。でも、僕が球団の立場だったら、興行に力を入れようとしない土地での試合は避けたいところだが。(1998.9)

[追記]
スワローズの先発・宮出隆自は後に外野手に転向。2006年に就任した古田敦也監督に重用され、大成しかけたが、しきれなかった。古田監督の辞任とともに出番も減り…自分の中では「古田ヤクルト」の象徴のような選手だった。

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