野球紀行/西武ライオンズと「地域密着」 ~本庄市民球場~
西武ライオンズは今季から「埼玉西武ライオンズ」になった。地域密着の一環という事なのだが、そもそも「西武」の商圏そのものが地域なので、その上に「埼玉」を被せる事は意味的にも、地理的(つまり名前が示す実際の地域が一部被るという)にも地域名の重複という感じでどうにも据わりが悪い気がした。
背景には人気の低迷というものがあったと思う。また失脚した堤前オーナーに代わって新たに就任した後藤高志オーナー(オーナーはしばらく空位だった)の、堤色の払拭を含めた色々改革の一環でもあり、また保護地域の名前を球団名に冠するのが最近の主流という事実もあるのだが、ライオンズの「地元」というのは都道府県という枠にキレイに収まるものではなく、何か自信を失ってオロオロしている元パ・リーグの盟主が、福岡ソフトバンクとか千葉ロッテのフォーマットを何の疑問も持たずに踏襲して体裁を保っているような、一種の情けなさも感じずにはいられなかった。
肝心のチームは渡辺久信新監督を迎え、好調な打撃陣の活躍で首位を独走する。更にサービス面でも、西鉄ライオンズ黄金期のユニホームやキャップを着用して試合をする「ライオンズクラシック」という、西武がこれまで触れてこなかった福岡時代の歴史に光を当てるイベントを行い好評を博すなど、現場とフロントが一体になって新しいライオンズをアピールする事に成功している。
その「新しい」空気が一時離れていたファンを呼び戻し、西武ドームの観客動員は復調傾向にあるのだが、ある調査では、西武ドームに来るライオンズファンの多くは都内から西武線に乗ってやってくるという結果が出ており(考えてみれば当たり前の事で調査をするまでもない気がするが)、名前に「埼玉」を付けた事で埼玉の野球ファンをどれだけ引き寄せたかはよくわからない。
ただ、もうひとつの大きな改革として、半世紀もの間プロ野球から遠ざかっていた大宮公園野球場での主催試合を行う事を決め、「埼玉の球団」をアピールし、それは一応の成果を見る事になるのだが、アマチュア野球が主な用途であるこの県営球場をメインで使うわけにもいかず、県内に一軍の公式戦を行える野球場がこの大宮と西武ドームしかない(2つあれば十分なのだが)事もあって「埼玉の球団」を日常レベルにするのはなかなか難しく思えた。
しかし、プロ球団には「ファーム」という、地域密着を推進するには最適なリソースがあり、ファームの試合ができる野球場なら県内に沢山ある。地域には地域なりの野球場があり、ファームは「地域密着」と相性が良い。県内各地でのホームゲーム。一軍でやれない事はファームでやる。それが「埼玉のライオンズ」を浸透させる地道な一歩だ。
そして本庄市民球場。「西武文化圏」ではないエリアだが、そこに意義がある。ただ主催が球団でない場合、ファンクラブの割引とかは効かなかったりする。この日は球場を擁する総合公園での「春まつり」とかで、出店や地味なイベントなどで賑わっている。その一環としてイースタンリーグを呼んだのだろう。
相手は巨人。こういうイベント絡みな時は正に引っ張りだこだ。松本とか寺内とか、後に一軍で活躍する選手の名前がある。ライオンズは大崎とか原とか。先発は巨人が深田、ライオンズは2年目の木村。四番にかってドラゴンズやベイスターズで活躍した種田仁(この年で引退)が入っており、例のガニマタ打法で観客を喜ばせた。
その喜び方が、「有名人」を見た時のそれという感じなので、種田を普通に知っている「いつものライオンズファン」の反応とは少し違うと感じられた。つまりここ本庄はライオンズのテリトリーではないのだ。地元であって地元でない。そんな地域を開拓すべく、ファームの使命は結構大きい。「埼玉」西武ライオンズはスタートしたばかりだ。
木村は新しいライオンズへの期待を感じさせるドラフト1位(外れだが)の若手。いきなり一番松本を三振に取り、初回を無難に抑える。ライオンズはその裏種田のタイムリーで1点。ライオンズに地元のチームという感情が湧かないであろう地元のファンに颯爽と良いところを見せたい。たぶん、普通に巨人ファンが多かろう。しかし「何となく巨人ファン」という人たちは意外と取り込めるものだと思う。
二回も中井、加治前、岩舘と三者凡退。しかし三回にはレフト三浦のランニングジャンプキャッチに助けられながらも円谷のタイムリーで1点を失う。七回から三井に交代し、その三井の球の球威みたいなものを見ると、今の木村はまだ「スピードだけ」の投手に見えてしまう。三回にしてもうボール先行というのも何だか意味不明で、ちょっとここから苦しそうだと思った。しかし簡単には代えないで欲しいとも。
もっともファームの試合では先発投手の状態が良くないからと言って簡単に代えない事は多い。がファームの試合を観るのが好きなファンは「色んな選手を観たい」という欲求があるので、投手が代わると空気が変わったように気分をリセットできたりする。こういうのを「風向きが変わる」などと言うが、本当に風向きが変わると、この球場では、匂う。
匂うというのは比喩ではない。以前に行った結城市の球場と同じ匂いなのだ。と言っても意味がわからないだろうからストレートに言うが、近くに肥料工場があるらしい。少なくともこの球場に来た事がある人なら知っている事で、当事者もある程度の「覚悟」を持っていたとは思う。しかしこれも「地域」の匂いであり、何より地域密着が使命だったりする。
木村は六回3失点と、先発投手の使命は果たした。後を受けた三井は一軍で打ち込まれてのファーム落ちも、寺内、円谷、田中は手玉に取る。バットを出しかけての空振りが多く、ボールがキレている事を思わせる。ファームの打者相手とは言え、これだけ投げられてなぜファームに落ちるのだろうと思った。本当に状態の悪い投手はファームでもピリッとしないものだからだ。渡辺監督との相性が悪いのだろうか。前年23ホールドを挙げたセットアッパーが、再起する事無く翌09年を最後に引退した。
ファームという場では、期待の若手だけではなくこうしたベテランのもがく姿も見られる。その年で戦力外になるベテランが、その直前ファームではなかなか良い働きを見せていた、という事は少なくない。地元での試合を楽しみにしていたファンも、しばしそういう姿を見る事になる。だからすぐにどうかという事ではないが、そうした記憶が無意識に留まり、何かのキッカケで思い出す。野球は楽しい思い出以外の何かも、ファンの無意識に刻んでいく。
1点を追い、最後の攻撃を迎えるライオンズに背番号129番を付けたオビスポが立ちはだかる。背番号の通り育成選手なので「立ちはだかる」は妥当な表現ではないかもしれないが、身長以上に大きく感じる。インパクトの強い選手の登場で空気が変わると、また風向きも変わりそうで一瞬焦る。一球ごとに歓声が上がる。そんなに速いか?とも思うがMAX150km/h以上という事になっている。黒瀬はこの速球を何とかはじき返すがショートゴロ。三浦はレフトフライ。この試合一番の有名人である種田は初球をセカンドゴロで試合終了。
1点差も、本庄のファンに埼玉のライオンズを強くアピールするには至らない試合だったかもしれないが、その後も匂いに負けずコンスタントに行われている。(2008.5)
[追記]
木村文和(後に登録名「木村文紀」)はその後なんとか一軍でしばし好投できるようになるが、2012シーズン途中に野手転向となる。個人的にはこの時点で投手としては厳しいか?という感じはした。期待された投手が野手転向というのはいつも寂しい感じがするが、糸井や雄平のようになれそうな期待もあった。一軍でサヨナラホームランを打った時はラジオで聴いていたが今までの苦労が自分の事のように報われた気分だった。それだけに日ハムへのトレードには寂しいものがあった。
ライオンズと本庄市は2019年に「連携協力に関する基本協定」を締結したが、具体的には何をするのかよくわからない。