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「幻のリーグ」の話が示唆するもの

 かって台湾プロ野球CPBLの向こうを張って「台湾大連盟」という新リーグがいきなり誕生し、両者が対立関係になった事がある。

 この台湾大連盟は、CPBLのTV放映権争いに敗れた「TVBS」と、同じくCPBLに加盟しそこなった「声宝電機」がイニシアチブをとり、ニュアンス的には「腹いせ」という感じで突如現れたもの。

 日本ではNPBの下に2つのリーグという形をとっているため、必然的に秩序が保たれているわけだが、台湾のこの両者は、上に全体を統括する組織がないため、台湾大連盟がCPBLの各チームの主力選手を大量に引き抜くという行為がまかり通っていた。もっとも大連盟の方は、連盟がリーグのスタッフ、全選手を一括して契約し、それを4つのチームに分け戦わせるという、ある意味で合理的なシステムを取っていて、あながち悪と決め付けられないところもある。

 えげつない引き抜きがあっても、全体に紳士協定というか秩序がないと、平和的解決は難しい。

 ここまでの前振りは「日本じゃ考えられない話だ」とか思った人に軽い衝撃を与えるためのもの。かって日本に同じシチュエーションがあったことを知る人は少ないと思う。

 日本のプロ野球が2リーグに分裂したのが昭和25年。そのわずか3年前の、戦後間もない昭和22年に、本家の、つまり巨人のいるプロ野球とは何の関係もない「国民リーグ」なるものが誕生した。

 人心荒廃する戦後間もない状況を見て「祖国再建は野球から」と、国民リーグの創始者・宇高勲が4球団で旗揚げしたもの。リーグを構成するチームは..

結城ブレーブス
大塚アスレチックス
宇高レッドソックス
唐崎クラウンズ

 宇高は明大出身なので、同じ明大出で、巨人で不遇をかこっていたという大投手、藤本英雄を口説き、チーム作りと選手集めをさせた。

「本家のリーグ」とは言わずと知れた日本野球連盟。南海から主力選手を何人か引き抜いた宇高は、日本野球連盟会長の鈴木竜二に挨拶をしたが、相手にされなかった。とにかく藤本を返して欲しいと..。

 戦前までの日本は「金持ち」と「貧乏人」にはっきり別れていたが、戦後は物資のない時代の騒乱にまみれて巧みに金を儲けた人達の台頭があった。そういう人達を「新興階級」と呼んだ。

 アスレチックスの大塚幸之助も、新興階級の一人で、豊富な資金にモノを言わせ、あの川上哲治、大下弘を引き抜きにかかったが、鈴木にいち早く気取られ、失敗した。

 鈴木は国民リーグには土日に後楽園、甲子園、西宮を使わせないなど、新興のリーグにかなり冷たかった。国民リーグはドサ回りを余儀なくされ、前途危うしの声が早くも上がるようになった。

 その上に財産税が重くのしかかってきた。税務署によると「プロ野球をおやりになれる御身分なんですからね」。

 宇高はやむなくチームを熊谷組に譲り、リーグ会長の座も大塚に譲る。秋のシーズンが終わると、日本野球連盟の金星が経営困難になりそれを大塚が買い取り、国民リーグは解散..。

 日本野球連盟に加盟できた大塚も、いよいよ野球人の仲間入りかという矢先、重税を課せられる。

 当時の感覚では「プロ野球は金持ちの道楽」。財を築いた者が「国の再建のために」野球をやろうとしても、役人、国民はそうは見なかった。

「人心荒廃した社会に、健全な娯楽を」と創立者の宇高が考えていたのなら、既にプロ野球というものがあるのに、なぜ別のプロ野球リーグ、という発想になるのか。チームを立ち上げて日本野球連盟に加盟という事は考えなかったのだろうか、という疑問が浮かぶ。

(後から知ったが、宇高は最初普通にプロ野球に加盟したかったが断られ、それで新リーグという道を取ったらしい。しかしその後毎日等の加盟が認められた経緯を思うと、なぜこうした動きと歩調を合わせられなかったのか、とは思う。)

 それはともかくこうした「双頭状態」はまずい。なぜかというと台湾の例を見るまでもなく、秩序が壊れるから。「船頭多くして~」という事なのだ。

 国民リーグは一瞬で消えたので、日本の野球ファンは双頭状態というものを経験していないと言えるが、バスケにはそういう経緯がある。

 元々のトップリーグであるNBL(何度か名前を変えている)と、そこから分裂したbjリーグが日本バスケ界のトップカテゴリとして両立していた時期があった。

 bjリーグは、いつまでたってもプロ化に動かないNBLに業を煮やした新潟と埼玉が脱退して立ち上げたものだったので、プロ化を支持するファンは主にbjリーグの味方だったが、なにしろトヨタなど有力な実業団がNBLだったので、バスケ界のイニシアチブを取るには至らなかった。

 両者の間で目立ったゴタゴタがあったわけではないが、プロ化を目指す勢力が脇に追いやられている時点で問題ある双頭状態である。NBLがプロ化の上両者の統合に動いたのはFIBAにせっつかれてからやっとの事だった。その後Bリーグに統合され、バスケの人気が飛躍的に向上したのは周知の通りである。

 バスケのケースは少し特殊だが、いずれにしても双頭状態を放置して良い事はない。今のNPBはトップリーグとして力を持ち、確立した存在なので、今後NPBの向こうを張った新リーグが立ち上がる事はないだろうが、力が確立し、秩序が安定すると、今度は腐敗がはじまる。今具体的にそういう兆候を見せているわけではないが、2004年の球界再編騒動の時にファンはその芽を見ている。コミッショナーがナベツネの傀儡であったという、ドラマみたいな話が現実であった事に当時私は戦慄を覚えた。

 新興の上場企業が「俺らで新しいプロ野球リーグ作ろうぜ」とは言わないだろうが、NPBが魅力ある存在である以上、興味を持つと考えるのが自然だろう。結論を言うと、腐敗を抑えるのは常に新しい血である、という事。1球団の規模を縮小してでも(1球団で100人以上も選手を抱える事ですでに秩序が壊れはじめている)エクスパンションという事を考えるべきだと思う。

 トップが弱いとナメられて向こうを張られ、秩序が壊れる。トップが強ければ一見秩序が保たれるが、腐敗する。どちらの状態であれ、「上」を目指して来る者はいる。「強くて柔軟」でないと、彼らを扱えないという話。

参考文献


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