『お絵描きAI』と『無断転載』の話
日本発のお絵描きAIアプリ『mimic』が登場したのが8月の末のこと。
描いた絵を複数枚学習させると、AIが絵柄を分析して、似た絵柄で新しく絵を生み出すという仕組みでした。
しかし、『素材に使う絵が本人が描いたものか判断できないところ』と『出来上がった絵の著作権がどこに帰属するのか曖昧なところ』の二点が主な課題とされ、すぐにベータ版が取り下げられました。
そしてそれから半月もかからずに、それらの課題が改修されると発表がありました。10月には新しいベータ版が公開されて、利用者の審査もすでに始まっています。
詳しい事の顛末や改修内容は公式を確認していただくとして、この件について『著作権の侵害』を危惧する絵師と、『日本のAI技術の遅れ』を危惧するその他の人とで大きく衝突しました。
結果としては、絵師の補助が目的のアプリだったため、絵師の意向に沿うこととなりました。
加えて、他人の絵が使用され訴えられでもしたらmimicの運営もただでは済まないという理由もあったはずです。いくら「当人同士の問題で我々は関係ないです」と言っても、サービスを提供している以上まったく責任を取らなくても良いとは言えません。
「駐車場内でのトラブルは一切責任は負いません」と看板を置いていても、駐車場の設備自体に問題があれば責任を問われるのと同じことです。
じゃあなんで、他の画像生成AIは許されて、mimicは許されなかったの? という疑問は当然浮かんできます。
mimicとその他のAIとで何が違うのか?
何故mimicばかり叩くのか?
だいたいお前ら二次創作してるくせにAIに文句つけれる立場じゃねぇだろ?
そのへんについて説明するために、あくまで一絵師視点からで恐縮ですが、『お絵描きAI』と『無断転載』についての見解を述べさせていただきます。
◎mimicは他のAIと何が違っていたのか
「AI 著作権」で検索してみると、さまざまな解説サイトがあります。とりあえず要約すると、
①人が自分の手で作成した場合、著作権は作成した人のものになる。
②人が作成の指示を出しても、AIが独自に学習して作成した場合は著作権は誰のものにもならない。
③人が道具としてAIを使用して作成した場合、著作権は作成した人のものになる。
ということになります。
①はさておき、主な画像生成AIは②に当てはまります。人は「○○な絵を描いて」と命令を出すだけで、AI自身が情報の海から無作為に学習して生成の仕方もAIに委ねられるからです。
①と②のやっている手順は実はほとんど同じことです。
無数の情報から学習して絵を生成するのが、人間か機械かの違いだけです。人間であれば著作権が生まれ(①のパターン)、機械であれば著作権が生まれない(②のパターン)、ということだと言えるでしょう。
(とは言え今後、AIが生成した複数の作品から人間が選び、何かしらの評価を受けた場合、何らかの権利が発生するかもしれないとのことです)
ではmimicはどれに当てはまるかと言うと、③になります。
人間が学習の素材を選ぶことで生成の方向性を決めているため、機械が独自に学習し生成したとは言えません。
あくまでmimicのAIは絵を生成するための道具でしかないのです。
余談ですが、クリップスタジオというお絵描きソフトでは自動で主線を認識してそこからはみ出ないように塗るツールや、素の色から影の色を判断してくれるツールなんかもあります。いわばそれらと同じだと思ってください。
自動で絵柄を分析して客観的に表示するツールがmimicというわけです。
そして③である以上、mimicが生成した絵は生成させた人が著作権を持つ事になります。
それこそが絵師たちに危惧される要因となりました。
◎A氏がB氏の作品をmimicに入れたとしましょう
この時、生成された絵は果たしてA氏のものでしょうか、B氏のものでしょうか。
おそらく現行の法律上はA氏のものとなります。
しかしmimicはネットを介したアプリです。A氏はB氏の作品を『無断でmimicにアップした』と捉えることもできます。
つまるところの『無断転載』です。
その場合A氏は著作権を侵害したとしてB氏から訴えられてしまいます。損害賠償を求められ、生成した絵も当然削除する事になります。そしてB氏は嫌な思いをしたために筆を折ってしまうかもしれません。
そのためmimicの規約でも『自身が描いた絵のみ』を使用するように定めています。
しかし、最初のベータ版の時点で他人の絵を読み込ませるA氏は一人や二人ではありませんでした。
規約なんて『ポイ捨て禁止』や『ここでフンをさせないでください』の張り紙と同レベルだったのです。
この手のトラブルは、mimicが登場する前からインターネット上で度々起きています。日々、他人に自作発言をされたり、勝手にグッズを作られたりして絵師は頭を悩ませながら絵を描いています。(今、あなたが他人の絵をアイコンしていられるのも、いちいち訴えるのが面倒なので放置されているだけだと覚えておいて欲しいです)
mimicでも同じことが、下手するともっと酷いことが起こることを絵師たちは既に知っていました。だから何が何でもmimicを止めなければならないと過剰なまでに敵視したのです。
◎mimicは改修するほかなかった
『無断転載』が個人同士のことならば、生成した絵を削除するだけで済むこともあります。いちいち相手にするのも面倒だと、(今のあなたがそうであるように)放置されることもあるでしょう。
しかし、B氏が出版社や制作会社のB社だったらどうなるでしょう。
B社が作ったアニメやゲームの画像をA氏がmimicに取り込んで生成した場合、B社が訴える矛先はmimicの運営にも向けられるのではないでしょうか。
mimicの話題はB社にも届いてさぞかし注目していたことでしょう。ところがどっこい、うちのアニメの画像を学習させて絵を生成し、しかもそれをアイコンとして他人に売っているA氏がいるじゃないですか。こうなっちまっては黙っていられません。おいちょっとmimicさん、あんたこの責任どう取ってくれんの? と詰め寄りますよね。
会社同士の話になれば多額のお金が動きます。あの時絵師たちに散々言われた件でB社から責任を問われ、mimic運営側は痛いじゃ済まない損害を受けてしまいます。間違いなくそのままサ終一直線です。
というのはあくまで仮想の話で、実際そうなった時にB社がmimicに対してどう動くのかは分かりません。
しかし、あのまま継続していればリスクは確実にあります。絵が生成されてしまってはもう遅い。そうなる前にと慌ててサービスを止めるしかなかった面もあるのでしょう。
そしてmimicは稀に見る『的確な問題把握』と、『迅速な改修』と、『誠実すぎる対応』で絵師たちから見直されました。
痒いところに手が届くのは誰だって気持ちが良いもので。未だに「誰向けのツール?」「何のために使うの?」という声もちらほらありますが、「使ってみたい」という意見の方が多く見られます。どういう使い方ができるのかを考えるのは、絵を描く絵師たちにしかできないことだと思います。
◎二次創作と無断転載と画像生成AIと
今回の件へのさまざまな意見を見ていて、二次創作そのものを良く思っていない層がいることにも気付きました。無断転載や画像生成AIと同列に見ている人も結構います。
たしかに二次創作は原作を見て、それに似せて描かれるものです。模写といえば模写であるし、あくまで原作者からお目こぼしをしてもらうことで成り立っています。
けれど著作権は二次創作者に帰属します。二次創作であれ、無断転載をされれば相手を訴えることができるのです。
二次創作と無断転載と画像生成AIは何が違うのかにも最後に触れておきます。
『無断転載』とは元の作者の許可なく他所へ転載することを言います。
畑に植えられている野菜を盗んできて、自分のものであると偽って売るような感じだと思ってください。皮を剥いたり、ヘタを取ったりと、多少手を加えたところで、他人の畑から盗んできた『ニンジン』には変わりありません。
もちろん畑の持ち主に見つかれば通報されるでしょう。
『AIによる画像生成』は元になる複数の作品からまったく別の新しい作品を生成することです。
材料を鍋に入れてカレーを作るようなことだと言えば伝わるでしょうか。
AI自身が生成する作品は、寄付された材料(作者に寄付するつもりがなくても)を一気に大鍋で煮込む感じです。炊き出しのカレーなので誰のものでもなく、誰でも食べることができます。
mimicは自分の農場で取れた材料だけを鍋に入れて作るカレーですね。当然出来上がったカレーは農場の持ち主のものとなります。
『二次創作』は元になるキャラクターを、真似て第三者が自分で描くことです。
『ニンジン』そのものではなく、ニンジンを見よう見まねで作った『ニンジン'』です。現在、『ニンジン』と『ニンジン'』はまったくの別物とみなされています。
また、売る側も買う側も『ニンジン'』だと承知の上で取引しています。
しかし『ニンジン』と『ニンジン'』が似ていることは事実です。『ニンジン』農家がダメだと言ってしまえば『ニンジン'』は作ることができなくなります。
ではなぜ『ニンジン』農家は模造品である『ニンジン'』を見てみぬふりをするのか。
それは、『ニンジン'』の知名度が広まることで、『ニンジン』の需要も高まるためです。結果『ニンジン』農家の売り上げも伸びます。
むしろ『ニンジン』農家の方から、『ニンジン'』についてルールを定めることも、最近は珍しくありません。何本までなら作っていいとか、売り上げはいくらまで構わないとか。
あと一部の大手を除き、『ニンジン'』農家のほとんどは元の『ニンジン』が好きすぎて趣味で『ニンジン'』を作っているに過ぎません。なので売り上げなんてスズメの涙、多くは赤字上等で『ニンジン'』を作っています。『ニンジン』に興味がない人や、『ニンジン'』が嫌いな人がわざわざ関心を持つ必要もありません。
◎終わりに
個人的は、AIによる芸術面への進歩は楽しみというよりも、恐ろしいという気持ちが強いです。それはAIに仕事を奪われる恐怖ではありません。AIという機械が人間にしかできないはずだった領域にズカズカと踏み込んできたからであり、まるで生命創造のようで生理的な気持ち悪さを感じるからだと思います。
しかし感情のない機械に学習をやめるなんて選択肢はなく、AIで絵を描くことが当たり前になる日が来るのでしょう。
このまま機械と人間の境が曖昧になっていくんですかね。
そんなことを思いつつ、私もmimicにはかなり興味があります。自分の絵柄を客観視することで課題を見つけられるんじゃないかと考えています。
ベータ版の公開が待ち遠しい!
では、長々とここまで読んでいただきありがとうございました。
※追記
プログラマーは開発したソースコードを公開する文化があるとのことで。
あくまで門外漢からの意見ですが、プログラマーにとっての創作物は、『新しい品種』ではないでしょうか。自分の作った品種が業界を制覇するのは本人にとって良いことですし、業界にとっても病気に強くその上育てやすい品種が広まることは喜ばしいことです。
しかし品種を公開したところで、業界関係者にしか使いみちがわかりません。私のように無知で無関係な人間には触りようがないのです。
一方で書き手(描き手)の創作物は育てた『野菜』そのものです。
道端の畑に植えてある野菜が、ネットに投稿された絵や文章だと言えます。通りすがりに誰でも引っこ抜けますが、勝手に引っこ抜いて持ち帰るのは犯罪です。
それに、赤の他人から「品種開発のためにお前の畑に植えてある野菜を無償提供しろ」と言われても、首を縦に振る人はいないでしょう。
「品種改良がしたいなら自分で野菜を育てろ」「うちの野菜が使いたいならちゃんと金払え」という返事になるわけです。
どちらも同じ『創作物』であっても、『開発した品種』と『育てた野菜』はまったく違うものです。プログラマーとクリエイターとの間で話がまったく噛み合わないのも仕方のないことなのでしょう。