東京グランドキャバレー物語★2 ホステスの面接
大きなビルの5階フロアーは、事務所の様だった。一人の初老のおじさんが座っていたので、声をかけた。
社長にしては、少々お年がいっている。
「あのぉ、下の看板見て来たのですが・・」
すると、
「へぇ、珍しいねぇ、看板見て来るなんて」
新聞を広げた向こう側から顔を上げ、その人が言った。
「えっ?そうなんですか?ホステス募集って書いてあったし…。普通は、どうやってここに来るんですか?」
私は、聞いてみた。
「他の店から移って来るとか、どこかの店のママの紹介だよ」
「そうなんですか?」
誰の紹介もない私は、戸惑いを隠せない。
「じゃあ、社長に話してくるから、そこで待っていて」
彼は、ゆっくり立ち上がり、どこかに消えて行った。
書類審査もなく、直球で面接となった。ここならいけるかもしれない。期待に胸が弾む。
10分もすると、社長らしき方がやって来た。やはり社長と言うだけあって貫禄があり薄紫色のメガネをかけていた。
「よろしくお願いします」
深々と一礼する、面接の始まりだ。
「あんた、ホステス希望なんだって?」
「あっ、はい」
チラッと私を見ると質問をして来た。
おいでなすった。心なしか背筋を伸ばす。
「お客さんは、いるの?」
「はい。いません」
「ドレスは?」
「はい。ありません」
嘘をつきたいが、嘘はばれる。正直に言おう。
「こういう仕事、やった事ある?」
「はい。ありません」
大丈夫だろうか?未経験だとまずいだろうか?
「それで、いつから働きたいの?」
「はい、明日からです!」
元気良く答える。
えっ?いきなり合格?雇ってもらえると言う事?
やったぁ!!
「じゃあ、隣の部屋にドレスがあるから、好きなのを何枚か持って行って良いから。明日から、6時に来て下さい。ドレスの事は、皆に内緒でお願いしますよ。女ってうるさいからね」
社長が言った。
「本当ですか?雇って頂けるんですね?ドレスの事は口が裂けたって誰にも言いません!有り難うございます!」
私は、感激のあまりバンザイと飛び上がりそうになるのを必死に抑えた。
こんなに簡単に仕事が決まるなんて!
社長の膨らんだお腹に突進して、抱きつきたい、と言うおかしな衝動も何とか抑えた。あの数週間にも渡るハローワークの就活はいったい何だったのであろう。
家に帰って、小学生の息子に嘘っぽい報告をした。店の呼び方が少々違うだけである。
「ママね、居酒屋に就職が決まったのよ!今日は、お祝いよ!久しぶりに焼肉にしようね」
電気代も水道代も、何もかも心配する事もない明るい明日が見えて来たのだった。
つづく