東京グランドキャバレー物語★16初心者は、ポッキリコースで楽しもう
未知への世界に、最初の一歩を踏み入れるのは、誰しもが少々勇気がいる。飲む店となると真剣になる。そこはどんな雰囲気で、どんな女性がいるのか?どんな酒が出て来るのか?ビール1本一万円などと高額請求されたりして、ぼったくれないだろうか?自分好みの若い子がいるだろうか?
鬼が出るか蛇が出るか。
その先にあるエレベーターで上に行ったら、大変な事になり、この地上に戻って来れるだろうか?何でも最初は、わからない。入ろうか、入らず馴染みの店に行こうか。
店の看板を見ながら、いかにも迷っている男性に黒服の男が、愛想良く声をかける。グランドキャバレーの建物の前に立つ呼び込みの黒服は、本日は貫禄がある年配のおじさんで、この店のマネージャーである。ちゃらい兄ちゃんではない。
「今なら、19時過ぎなんで2時間3000円ぽっきりですよ。初めての方にもってこいの格安コース、ご案内できますよ!」
「えぇ?3000円?どういう事?飲み放題?女性はいるの?」
「2時間でビールなら3本、または焼酎かウイスキー好きなのを選べて、お一人様用の量が出ます。それに、おつまみ一品。女性だって二人も席に付きますよ」
「本当に?3000円ぽっきり?女性も座って?いやぁ、怖いなぁ。今どき3000円なんて。どうせ、それに上乗せするんじゃない?」
サラリーマン風の四十代ぐらいが黒服に聞いている。
黒服のマネージャーは、淡々と答える。
「まぁ女性は、二十代とかはいませんよ。そこら辺のキャバクラとは違うから。何しろ老舗なんでね」
「じゃあ、話のタネに行ってみるかな。2時間 3000円ね!絶対だよ。」
男性は、黒服の言葉を信じた。黒服が、エレベーターのボタンを押すと
同時に、丁度出勤して来た明美さんに声をかける。
「案内してあげて。ポッキリコースだから」
女性は、チラっと横目で男性を見ると一緒にエレベーターに乗り込んだ。
「グランドキャバレー初めてなんですか?」
明美さんが聞いた。
「うっうん。大丈夫かな」
「何が?」
「いやぁ、本当にぼったくられないかって」
明美さんは、笑いながら言った。
「だって、2時間でしょう?2時間以上いたら、3000円は軽く超えて諭吉さんの登場ですよ。そこのところを注意して楽しみましょうよ」
「自分はこう見えても意思は強いし、2時間以上いる事は断じてないよ。
酒だって、ビール三本で十分だ。女の子は二十代が射程圏内ね。自分より年上とかありえないし。無理!絶対に無理!」
エレベーターのドアが開いた。
その瞬間、男性は、ゆっくりと店内を見まわすと、振り返って再び明美さんに聞いた。
「本当に3000円だよね?嘘じゃないよね?こんな世界があったんだ!」
「2時間以上いたら、延長になっちゃいますから注意して下さいね」
まるで男性版シンデレラだ。
12時の鐘が鳴ったら魔法は解ける。2時間しかグランドキャバレー城でお酒は飲めないのだ。
彼が入ったのは20時少し前なので、2時間もすると22時近くになる。店内がにぎやかになり活気が溢れショータイムもまもなく始まる最高潮に盛り上がる、そんな時間が彼のお帰りの時間となる。
夢の様な時間は、あっという間に終わりが近づく。
延長するかしないか残酷な選択をする時間が迫って来た。3本のビールは、もうすでに空である。3000円払って一人淋しく帰るか、それとも新しく開拓したグランドキャバレーとやらを、さらに堪能し次の飲み物を頼んで延長にするか?二つに一つしかない。
『年上の女性の話しは、こんなにも奥が深く楽しいのか!感動したり驚いたり。仕事の事も忘れ、自分は最近、腹を抱えてこんなに笑った事があっただろうか。もう少し飲んで会社の皆に教えてやろう!』
彼の気持ちは、決まったようだ。
グランドキャバレーは、11時半に生バンド
の演奏が流れ閉店となる。
福がお客さんをお見送りし、戻ってから店内を見まわすと数組残った
お客さんの中に、あの絶対3000円で2時間を厳守すると言ったその男性がいた。すでに11時を過ぎている。
最初にエレベーターで案内した明美さんが、隣に座っていた。
金額の書かれた伝票を持ちながら、
「3000円ポッキリって、あっと言うまでしょう。2時間しかないから。初心者用のコースなのよ。次回からは、ポッキリなんかで入って来ては駄目よ」
「又、すぐ来ちゃおうかな。僕もう明美姉さんにメロメロですぅ。年上女性最高っす」
と幸せそうに潔く諭吉さんをお支払いになっていた。
つづく